第884話 ヘンリック、ギャジー翁たちの力作テント
モンゴルテントの部屋の割り振りは、例えるなら菫の花びらのようとでも言えばいいだろうか。
入口が大きな一部屋、そしてポールを中心に四つの部屋に区切られている。そして、入口の部屋の左右の二部屋はエイデンとネドリさん、奥の二部屋は私とガズゥとなった。
私たちは今、入口の大きな部屋に集まって、タブレットの『収納』から出したローテーブルを中心に食事中だ。
テーブルの上には、温かいビーフ(っぽい魔物肉)シチューと、ブロッコリーやニンジン、ジャガイモ等の入ったホットサラダ、ちぎりパンが山ほど。マカレナたちが作ってくれたバターもたっぷりある。
全部『収納』に入れておいた非常食。今は非常事態ではないけれど、在庫は他にもある。
「しかし、このテント、なかなかの力作ですね」
パンにバターを塗りながら、ネドリさんが呆れたように言う。
確かに、テントを設営してからしばらくして気付いたのは、この中、コートがいらないくらいに温かいのだ。しかも、各部屋が十分に温かい。もしかしたら、夏場は涼しいのかもしれない。
「この生地も、ダンジョン産のビッグディアのものですね。これ、枚数集めるのも大変だったんじゃ」
「窓もついてるテントなんて、見たことないよ」
ガズゥが入口の両サイドにある窓を見ながら言う。
窓の部分は透明なビニールみたいな素材を使っているようで、多少の歪みはあるものの、外の森の様子がよく見える。
すでに日は落ちていて、真っ暗だ。
「おそらく、ポールの先端の球体には、魔物除けの魔石と魔法陣が描かれてるな」
「え、そうなの!?」
「もしかして、俺たちが設置した魔物除け、意味なかった?」
「いや、そんなことはない。テントの魔物除けの範囲は、それほど広くはない。ガズゥたちが設置したもののほうが広範囲だからな」
エイデンの言葉に、ホッとするガズゥ。
「そもそも、エイデン様がいらっしゃれば、魔物は寄ってこないでしょうけどね」
「ああ、そっか!」
クスクス笑うネドリさん。
確かに、古龍の姿でこの場所に現れたのだから、よほどでない限り、魔物は寄ってこないだろう。
「何事も訓練だ。たとえ、エイデン様がいらしても、魔物除けの設置を忘れてはならない」
「はいっ」
ネドリさんとガズゥのやりとりに、ほっこりする私。
食事を終えた後、エイデンたちは明日以降について話し合うというので、その間に私はテント脇に置いた馬車の中へ入り、ミニシャワーを使うことにした。
サッとシャワーを浴びた私はパジャマ用のジャージに着替えて、厚手のコートを羽織った。馬車の中はテントのように温かくはないので、そそくさとテントに戻ろうとした時。
――?
誰かに見られているような視線を感じて、立ち止まる。周囲に目を向けるが、真っ暗な森があるだけ。カサリ、カサリと音がするのは風の音だろう。
先ほどのエイデンたちの会話じゃないけれど、魔物が近寄って来るとは思えない。私の勘違いかな、と思っていると、ピューっと頬に冷たい風があたった。
「さむっ」
私はそそくさとテントへと戻ることにした。
* * * * *
『なぁなぁなぁ』
『あー?』
モンゴルテントの上で、精霊たちがおしゃべりしている。
『あれ、ひとじゃねー?』
五月が気にした視線の方向を指さす精霊。
『ああ、そうかもなぁ』
『こんなよるに、もりのなかとか、だいじょうぶなのかね』
『さぁなぁ』
『サツキになにかしてくるかんじでもないから、ほうっておけばー?』
『そうかー?』
『それよりもさ、このもりのまそ、こくなっていてなーい?』
『やっぱ、そうおもう?』
『うん、なんか、あっちのほうからながれてきてない?』
別の精霊が指さすのは、森のずっと奥の中心部分。
そこからギラリと一対の何かが光った。
それに気付いた者はいない。





