第90話 稲荷の手土産(1)
あの猛吹雪の中、どうやって現れたのか、と不思議に思いながらも、まぁ、稲荷さんだし、と思うことにした。それにしても。
「すごい格好ですね」
まるで南極探検隊か、というくらいの重装備。
正直、そこまでする必要ある? と思うくらいなんだけど、稲荷さんの眉毛に霜が降りている様子に、もしかして結界の外って、もっと気温が低いのかもしれない。
「やはり、ここは天国ですなぁ」
「いやいや、十分寒いんですけど」
「でも、雪は積もってませんし」
「ま、まぁ、そうなんですけど」
私だってちゃんと某メーカーの温かくなるダウンジャケット着てるし、ジーンズじゃなくて、中がもこもこしてるパンツだし。
あの突風は、どうも稲荷さんが無理やり中に入ってきたせいで、外の風も入ってきたのだとか。ということは、それくらい凄い風が吹きまくっているってことか。
こんな中で、ビャクヤは妻子のために餌を取りに行ってるんだから、偉いもんだ。
「あ、あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
いきなり年始の挨拶をした稲荷さんに、私も慌ててお辞儀をする。
「今日は、お渡ししなきゃいけないものがあって、お邪魔したんですけど……」
そう言って、いきなり稲荷さんの手元にダチョウの卵くらいの大きさの丸い物が現れた。
「……化石?」
「いえ、卵です」
「もしかして、ダチョウの?」
「違いますよぉ」
そう言って、私に「はいっ」と渡してきた。
「わ、重っ、え、あったかい?」
「ひゃぁ~、もう、ずっと『収納』したまんまだったもんで、ここまで天気が荒れるとは思いませんでしたよぉ」
「うん?」
私が卵と稲荷さんを、何度も見比べていると、厩舎からのそりとシロタエが出てきた。
『何かと思ったら、稲荷様でしたか……あ』
そう言って、途中で固まるシロタエ。
いきなりプルプルと身体を震わせ、何かを恐れるように、あの優美な尻尾が股の間に挟まれている。
「だ、大丈夫?」
「あー、お前くらいでは、コイツの魔力の濃さは厳しいか……って、子供らは気を失ってるし」
そう言われて、慌てて足元を見ると、2匹とも地面に倒れていた。
「え、え、ちょっと、稲荷さん、どういうこと!?」
「ん~、とりあえず、それ、家の中にしまってきて。話はそれからで」
原因はこの卵ってことなんだろうけれど、いきなり、なんか物騒なものを渡されるなんて。慌ててログハウスの中に入り、とりあえずキッチンカウンターに置いた。
「こ、転がるなよ~」
プラスチックのざるを取り出して、とりあえず、入れておく。
よくよく見ると、うっすらと青みがかっている卵。あちらの鶏の卵に青っぽいのがあったのを思い出す。なんか、いいお値段だった記憶がある。
……もしかして、これ、食べられるのかな。
大きな卵焼きを頭に思い描き、うちにあるキャンプ用の小さいフライパンだと無理だなというのに気が付く。デカいのが無理なら、何枚か作ってもいいか。
そんなことを考えながら、私は再び、外に出た。





