第862話 温泉宿で餅を食う
レィティアさんはボロボロ泣いているし、里長と次期里長は呆けている。
気が付けば、周りには他のエルフたちが様子をうかがっているようだったけれど、彼らが近寄ってくる様子もない。
――これ以上、ここにいても私にできることはなさそうだよね?
エルフのことは、エルフにまかせるに限る、と、私とマリンはさっさと山へ戻ることにした。
ノワールは面倒だとか、なんだかんだと文句を言ってはいたけれど、ドラゴンの姿になって小さな精霊の光の玉たちを背に乗せて飛び立っていった。
エルフの森を半分も燃やしたんだから、それくらいやっても足りないくらいだと思う。
――それにしても、いつの間にか、古龍のエイデン並みにデカくなれるようになったのねぇ。
飛んでいった姿を見て、思わず遠い目になった。
稲荷さんは奥さんであるレィティアさんのこともあるので残ることになり、私たちを転移の部屋まで見送ってその場で別れた。
「五月様」
転移のドアを開けると、温泉宿の女将さんが穏やかな笑みを浮かべながら出迎えてくれた。
「エイデン様がお待ちですよ」
「えっ」
まさかのエイデンが温泉宿で大人しく待ってたらしい。
私とマリンが案内された和室の部屋には、エイデンだけではなく、小型の遮光器土偶のイグノス様までいた。
エイデンはあぐらをかきながら、イグノス様は10センチほど宙に浮いたまま。
そして、二人して餅を食べている。
エイデンは器用に箸を使いながらあんこたっぷりの餅を、イグノス様は同じあんこの餅を宙に浮かせて……少しずつ餅が消えていっている。
あれは、食べているという表現でいいのだろうか。
「お帰り。大変だったみたいだなぁ」
口元にあんこをつけたエイデンが声をかけてきた。
「あー、うん」
エイデンがエルフの里まで飛んで来なかったのは、餅のおかげなのか? と思いつつ、女将さんに勧められた座布団の上に座る。
『五月よ、すまんかったな』
「え」
餅を食べ終えたイグノス様が、私のほうを見ながら声をかけてきた。
『エルフの里のことは、元々、手を出すつもりはなかった。自浄作用で消えるもよし、変わるもよしと思っていたのだが。五月の身内のノワールたちにも、関わってきたのでなぁ』
「はぁ」
『全てのエルフがアレらのようではないのだ。しかし、トップとなる者があれではな』
あの場では感情のない声で断罪していたけれど、今のイグノス様はとても残念そうだ。
そこに女将さんが、私とマリンにと同じくお餅とお茶を持ってきてくれた。
『あ、女将、餅のお代わりをくれないか』
「俺も」
「エイデン様、もう10皿は食べてますよ?」
空の皿を手にしたエイデンに、女将さんは呆れた表情。
「美味いのが悪い」
「はいはい」
女将さんとエイデンの気安いやりとりに、少しホッとする。
『ノワールの燃やした森が元に戻るのに、「緑の手」だけでは300年近くかかるだろう。精霊たちが手助けしないのだ。自分の命を削ってでもしないかぎり、いつまでも元には戻るまい』
突然、重々しい声になるイグノス様。
『他のエルフたちが手伝ったとしても、微力でしかないだろうしな』
それだけ広大な土地が失われたということらしい。
「でも、残ってた子たちもいたよ?」
イグノス様に言い返すマリン。確かに、チラホラ、小さな光が飛んでいた。
「あんな状態にまでされてしまったのに、残りたいって。お気に入りのエルフがいた子たちだと思うけど」
『ふむ』
湯呑が宙に浮いた。イグノス様がお茶を飲んでいるようだ。
『……それを望んだのは精霊たちだ。彼らが手伝うというのなら、それを止めるつもりはない』
ほお、と遮光器土偶が深くため息をついた。





