第861話 四大精霊王、現る
稲荷さんに叱られて、プルプルと震える里長と次期里長の二人。その様子に、大きくため息をつくレィティアさん。
そこに現れたのはふよふよと浮かぶミニチュアサイズの遮光器土偶のイグノス様。
『そこのエルフたち』
イグノス様の言葉に、目を見開く二人。遮光器土偶の姿にイグノス様だとすぐにわからないのか、ポカンと口を開けたまま固まっている。
――名前も呼びたくないのかな。
苦笑いしながら様子を見ていると、レィティアさんが小走りに彼らのそばにいったかと思ったら、パコーン、パコーンといい音をさせて、手にしていた靴で二人の頭を殴っていた。
……レィティアさん、右足、裸足状態だ。
「貴方達、頭を下げなさいっ! イグノス様に不敬ですっ!」
レィティアさんの甲高い声と靴からの衝撃に正気に戻ったのか、すぐさま、土下座状態で頭を深々と下げる二人。レィティアさんも同じように土下座をしている。
『レィティア』
「は、はいっ」
『お前は稲荷の伴侶だからと、私も少し甘かったのかねぇ?』
「も、申し訳ございませんっ」
頭を上げずに悔しそうな声で返事をするレィティアさん。
『……グルターレの一族は里の外のことを知っているからこそ、あまり驕るような者はいないようだけど、里から出たことのない里長の一族はダメだねぇ』
「……っ!」
『レィティアはぁ、こいつらの代わりに里をまとめる気はないんだよねぇ』
ビクリと肩を震わせるレィティアさんと、反対にバッと顔をあげる二人。その二人を見下ろすイグノス様は不穏な空気をかもしている。
『……こいつらは、ダメだね。なぁ、精霊王たちよ』
『……はい』
『……』
『御前に』
『はっ』
イグノス様の声に反応して、大狐サイズの稲荷さんと同じ大きさの人が四人現れた。
その大きさにも驚いたけれど、一人は見覚えのある土の精霊王様で、いつも村で見かける穏やかな様子とは違い、厳しい顔をしていて、ちょっと怖い。
他の三人は初めて見た。
赤い髪が怒髪天を衝く、みたいな髪をしている男性は火の、水色の地面に着きそうなくらい長い髪を垂らしたままの男性は水、緑色のくるくるした巻き毛の男性は風の精霊王様だろうか。
その四人がイグノス様に頭を下げて膝をついている。
――な、なんか、どんどん大事になってるぅ~!
私は顔を引きつらせながら様子を伺っているんだけど、他の面々(稲荷さんに、ノワールやマリン)は当然のような顔をしている。
『お前たち、この者たちに、精霊の力を貸す意味があるか』
『……残念ながら』
『意味なし』
『もとより、貸す気なし』
イグノス様の問いに、土、火、水の精霊王様が答える。
『オーデン、残念だ』
「えっ」
風の精霊王様に名前を呼ばれ、顔をあげた次期里長。その次期里長を見つめながら、悲しそうな顔をした。
『幼き頃には、私の姿も見えていたはずなのに……』
「せ、精霊王様……?」
『イグノス様の御言葉のままに』
愕然とした顔の次期里長から視線を外し、風の精霊王様が無表情に答えた。
『里長の一族から、全てのエルフへの権限をはく奪する。精霊たちも、力を貸すことはないように』
レィティアさんと里長は肩を震わせたまま、顔をあげない。次期里長は、ボロボロと涙を流している。
『……さて、レディウムス』
「は、はいっ」
私の背後にいたレディウムスさんが、イグノス様からいきなり名前を呼ばれて変な声で返事をした。
『仮の里長をお前に託す。レィティアとともに、次代となる者を見つけ育てよ』
「は、はぁ……へぁっ!?」
『精霊王たちは、それを見届けるように』
『畏まりました』
『仰せのままに』
『はっ』
『……はい』
最後にチラリと私へと視線を向けた(ような気がする)遮光器土偶は、そのままスーッと消えていってしまった。
後を追うように、精霊王様たちも消えていく。
「……ま、参ったのぉ」
私の背後でぼそりと呟いたレディウムスさんは、重い足を引きずるように外へと出ていった。





