第859話 レィティアさんの立ち位置
倒れたグレースは若者たちに抱えられながら、応接間から出ていった。
室内に浮かんでいるイグノス様がゆっくりと回って、レィティアさんのほうへと顔を向ける。
「申し訳ございません」
そこにはレディウムスさんたち同様に土下座をして謝っているレィティアさんとディアナさん。
稲荷さんは、大きなため息をついている。
『レィティア、ディアナ、立ちなさい』
「しかし」
「イグノス様の言葉です。立ちなさい」
稲荷さんの窘めるような言葉に、慌てて立ち上がる。
『レィティアたちが微妙な立場なのはわかるが、きちんと罰しなければダメではないか』
「はい……」
淡々としたイグノス様の言葉に、しおしおとしょぼくれたレィティアさん。
「微妙って?」
思わず稲荷さんに聞いてしまう。
ここでレィティアさんのエルフの里での立ち位置を初めてちゃんと聞いた。
レィティアさんはエルフの里長一族の中で唯一の娘だったそうだ。
そのせいもあって、大事に大事に育てられていた姫だったレィティアさんが、この胡散臭さ満点の稲荷さんを婿にと連れてきた。
可愛さ余って憎さ百倍、とはこれか、というくらいに、里長一族激怒。
相手がよその世界の神であり、姿形が人族と変わらないのも気に食わないのか、レィティアさんとの関係を絶ってしまったそうだ。
そのこともあって、実はレィティアさんの屋敷(稲荷さんの家)というのは、エルフの里の中でも外れにあるらしい。
だったら、なんで神様の姿になって仲裁してやらなかったのか、と聞いたら、への字口で面倒だからと、のたまった。
――稲荷さーん。
思わず、遠い目になるのは仕方がないと思う。
それでも、レィティアさんを慕うエルフたちは多く、里長の一族も他のエルフたちが関わることまで止めなかったので、だから今もエルフの里にいるのだとか。
それに相手側の怒りはいつまでも続かなかったようで、ディアナさんと大地くんが生まれた頃から、少しずつ、歩み寄る様子があったとか。
ちなみに、里長一族は里の中央に住んでいるので、今回の火事には巻き込まれてはいないものの、すぐに様子を見にくるかもしれない、とのこと。
――わー、また、面倒なことに巻き込まれそうな予感~。
心の中で、思わず叫ぶ私。
「……本当に申し訳ございません」
額に手を当てながら謝るレィティアさん。
「あのグレースは、レィティアの従兄、次期里長のお気に入りなんですよ。それもあって、私の言うことは全然聞かなかったのです。せいぜい、ブラトン様の指導には素直に応えていたようだけれど」
レィティアさんの言葉に、渋い顔になったブラトンさん。
「植物に関することや、調薬に関することだけですよ。それ以外は、まったくと言っていいほど、聞く耳を持ってませんでした。注意すれば、オーデン様に言いつけると、そればかり」
「オーデン様?」
「次期里長です」
子供じゃないんだからさぁ、と思ったのは私だけではないと思う。
それでも、その次期里長というのが動いていたからこそ、グレースも調子に乗っていたに違いない。
『ふむ。そのオーデンだが、こちらに向かっているようだな』
無表情にイグノス様が呟く。そもそも遮光器土偶だから表情はないけど。
「でしょうねぇ」
『それも、ガイオスも一緒のようだ』
「ガイオス?」
「……里長ですよ」
稲荷さんが渋い顔で答えた。





