第851話 獣人の村の餅つき大会
エイデンの初めての餅つきの結果としては、なかなかに散々な状態となった。
「なぜだっ!」
納得いかないエイデンが叫んでいる。
始まりはよかった。稲荷さんの眷属で杵を持って打っている姿を参考に、打ち始めようとする時までは。
――なぜって、あんな力強く打ったらさぁ……
思わず目が遠くなる。
今の状況を説明すると、せっかく稲荷さんの眷属たちが用意してくれたもち米が、嬉々としたエイデンの最初の一撃で爆散したのだ。周囲にいた人たちは見事に熱いもち米を被弾して、阿鼻叫喚状態。
万が一もあるからと、皆、遠巻きにして見てたけど関係なかった。
特に、返し手としてそばにいた稲荷さんの眷属のおばさんが可哀想なことになって、慌てて稲荷さんが何かやってた。ギャーギャー叫んでた眷属のおばさんが光ってすぐに落ちついたから、たぶん、癒しの魔法みたいなものだろうと思う。
「はぁ。エイデン、お前は、こいつで練習してからにしろ!」
さすがの稲荷さんも怒ったのか、言葉遣いが神様モードだ。
「これでは、ウスもキネも壊れてしまうではないか」
「《《壊れないように打てるように》》、練習しろと言っている」
「ぐぅ……」
言い返せないエイデンに、子供たちが餅を食べながら、宥めている。
「エイデンさま、これ、おいしいよ?」
マルがあんこののった餅を皿ごと差し出し、エイデンは大人しく、それを食べた。
ちなみに、ヘンリックさんから聞いたところによると、臼と杵はアダマンタイト製だそうで、確かにあの一撃でも壊れてはいない。
一応加減をしているとはいえ、エイデンの一撃で壊れないのはスゴイ。
しかし肝心の餅のことを考えてなかったと、ヘンリックさんたちも反省しきりだった。
その後は村人たちが眷属たちと交代で杵で餅をついたり、返し手に挑戦したりと、和やかな雰囲気になった。
村の女性陣たちは、もち米の蒸し方を眷属の女性たちに聞いたりと、やる気満々。
――これは、田んぼを広げないとダメかもね。
うちの山の南側に広がる田んぼで作られた稲は、ほとんど残っていないはず。もう少し東側に広げるべきか、と考えていると。
「望月様」
すでにお怒りモードから脱した稲荷さんに声をかけられた。
「はい」
「三が日も過ぎましたから、そろそろ免許の更新をしに行かれませんか」
「あ」
餅つきのことがあって、すっかり忘れてた。
「そ、そうですね。えと、稲荷さんのところは、いつでしたら」
「うちはいつでも大丈夫ですよ。温泉の宿のところにいらしてくだされば、すぐに案内できますから」
「え?」
「日帰りがいいですよね? ちびっ子たちがいますし」
チラリと子供たちと一緒に餅を食べているマリンやノワールに目を向ける。
確かに、ノワールが卵から孵ってからは、あちらに泊りがけをすることはなかった気がする。
「そうですね……日帰りできますかね?」
彼らを残して一泊……は、何か起きそうで怖い。
「ええ。朝、早めに来ていただければ、私がお送りしますよ」
「ううう、申し訳ないです」
「いえいえ~(眷属たちじゃないですが、米を期待したいところですけどねぇ)」
ニンマリ笑う稲荷さんに、思わず背筋がゾクッとした私であった。