第850話 稲荷さんの眷属たち来訪
立ち枯れの拠点についてみると、今日はまだ誰も来ていなかった。そんな中、エイデン温泉へ行くための転移用の小屋の扉が開いていた。
「こわっ」
その扉の向こう側には、まるで見えない壁があるかのように、赤い法被を羽織った稲荷さんの眷属たちがひしめいていて、思わず声が出てしまった。
「まったく」
呆れている稲荷さん。
「稲荷様っ!」
「ああ、五月様もいらした!」
眷属たちに期待の眼差しを向けられ、若干腰が引ける。
「……はぁ、すみません。出入りの許可をいただいてもいいですか」
「は、はい。どうぞ、眷属の皆さん、入って下さって大丈夫ですよ」
そう言った途端、見えない壁が消えたみたいで。
「うわっ!」
「おっと!」
一番先頭にいた眷属たちが転びそうになったかと思ったら、まるで体操選手のようにくるりんぱと一回転して、ピッと立った。
――10点!
心の中だけで採点する。それくらい、決まった格好だったのだ。
「おお、ここが五月様の土地なのですね」
「空気が素晴らしい」
目をキラキラさせながら、拠点の敷地の中をうろつきだす様子は、まるで遠足にでも来た子供のようだ。
「ほらほら、お前たち。本来の目的を忘れてはダメだろう」
「あ、そうでした」
稲荷さんの言葉に、テキパキ動き出す。大きな臼が三台、それに杵も何本か持って入ってきた。その上、蒸かしたもち米もすでに用意してきてくれたようで、持参した折り畳みのテーブルの上にどんどん大きな蒸篭が重なっていく。
そんな準備をしている間に、ノワールたちが村人たちを呼んできてくれたようで、続々と集まってきた。
――いや、ちょっと多すぎじゃない?
気が付けば、そんなに狭いとは思っていなかった立ち枯れの拠点の敷地が、ところ狭しと人で溢れている。皆、稲荷さんの眷属の格好や、臼や杵が気になるらしい。
すでに見たことがあるガズゥたちは、村人たちに嬉しそうに説明をしているようだ。
その中にはエイデンもいて、楽しそうにドワーフのヘンリックさんたちと話し込んでいる。
――いやいやいや、このままじゃ危ないでしょ。
餅つきをする場所と安全を確保するためにも、半分以上を敷地の外に出てもらわないとダメそうだ。
誘導するのをエイデンに頼むべく彼らのほうへ行こうとすると、ヘンリックさんが私に気付いた。
「サツキ様~。こいつを使ってみてもいいかねぇ」
「え、何?」
「これ、これ」
声をかけてきたヘンリックさんが両手で臼を持ち上げている。
――え、そんな軽いの?
驚きながら近くによると石ではなく金属っぽい。
「……まさか」
チラリとそばにいるエイデンに目を向けると、ニマっと笑いながら胸をはった。
「これなら俺でも餅がつけるぞ」
「本気ださなければ、ですけどね」
「大丈夫だって。もう壊さないから」
エイデンは、よほど餅つきがしたかったようで、ヘンリックさんに頼んでエイデン専用の臼と杵も作ったらしい。杵のほうは同じくドワーフのイエルンさんが担いでいる。これも木製ではない。
「そんなに餅つきしたかったんですか」
背後から聞こえた稲荷さんの声に、思わず振り返ると、羽織を脱いで着物の袖を止めるべくたすき掛けにした姿の稲荷さんがいた。
「うむっ。ちゃんと練習もした!」
「(おかげで何台の臼と杵が壊れたか)」
「(ほんとですよ)」
ぼそぼそとヘンリックさんとイエルンさんが何か言っていたが、エイデンは餅つきができるかどうかのほうが気になるらしい。
「まぁ、やってみればいいでしょう」
稲荷さんが苦笑いしながら言うと、エイデンはよしっと、腕を振り上げた。
……大丈夫なんだろうか。凄く心配である。





