第847話 年越しそば
エイデン温泉から戻る時に山ほどののし餅の他に、生の蕎麦も山ほどもらってしまった。
なんでも、稲荷さんの眷属が蕎麦屋でバイトしているそうで、大晦日のそばの配達というのも、そのお店の仕事らしい。
そのお店に行ってみたいなぁ、と言ったら、すでに私は行ったことがあると言われた。どこのことだろうと思ったら、あちらに買い出し行く道の途中にあるという、古い蕎麦屋さんで、おばあさんがやってると言われて、ああ! と思い出す。
――でも、あんまり大きいお店ではなかったような。
まさか、あのおばあさんも眷属なのかと思いきや、普通の一般人らしい。亡くなった蕎麦屋の主人の味が気に入った稲荷さん、および眷属が通うようになった店らしい。
高齢になったおばあさんに蕎麦打ちは難しくなったので、眷属たちが手伝うようになり、その味を神様たちも気に入って年末の年越しそばを配達するまでになったそうだ。
――確かに、普通に美味しかったな。
そして目の前の大きな鍋のお湯の中では、蕎麦がぐるぐると踊っている。
私は今、ログハウスのキッチンで、夕食を兼ねた年越しそばを作っているところだ。
「そろそろいいかな」
カウンターには大きな丼が四つ並んでいる。私とエイデン、ノワールとマリンの分だ。ちびっ子二人は小さい丼でもよさそうなのだが、彼らの食欲を侮ってはいけない。
二人がへばりついて見つめている中、そばつゆ(眷属製)の入った丼へとそばを入れる。
「これは、食べてはダメなのかー?」
エイデンがテーブルの上に置かれた大きな皿を指さし、聞いてくる。
その上に、天ぷら各種が載せられている。カボチャやニンジン、ナス、ピーマン、マイタケ、大葉。何より目につくのは大きなエビの天ぷらだ。
これら全てを自分で揚げたのだと言えればいいのだけれど、どれも稲荷さんの蕎麦屋担当の眷属から持たされた物だ。ちゃんとタブレットの『収納』にしまっておいたので、出来立てほやほや。
私が自信を持って作ったと言えるのは、刻んだネギくらいだろう。(遠い目)
だが、確実に私が作った天ぷらよりも美味いはずだ。
「ダメよ! 今、お蕎麦持ってくから」
エイデンがよりにもよって、大きなエビの天ぷらに手をだそうとしたのでしかったら、慌てて丼を受け取りにやってきた。
――もうすっかり、家族みたいだなぁ。
ログハウスに泊るわけではないけれど、何事もなければ、エイデンはすっかりここに居つくようになった。私が追い出したりしないからだとは思うけど。
四人でテーブルを囲んで、出来立ての蕎麦に向かう。
皆、最初に手を伸ばすのは大きなエビの天ぷらで、丼に載せてみると載りきらないという。さすが眷属製である。
サクサク、ズルズル、サク、ズルズルズル
無言で年越しそばを食べる私たち。気が付けば、私以外はすぐに食べ終えて、三人ともチラチラと私に目を向けてくる。
「何?」
「お、おかわりが食べたいのだが」
エイデンがちびっ子の気持ちを代弁して聞いてきた。ちびっ子たちもうんうんと頷いている。
――仕方ないなぁ。
蕎麦はまた茹でなくてならないが、三人の食欲を見越したわけでもないだろうけれど、眷属から持たされた蕎麦の在庫は、まだまだある。
私は残っていた蕎麦をすすり上げると、自分の席を立つのであった。