第844話 エイデン温泉へGO!
すっかり餅モードになってしまったノワールとマリンにせっつかれ、エイデン温泉に行くことになった私たち。すっかり(仮)が外れてしまったが、エイデンからは文句はないようなので、そのままだ。
稲荷さんが、どうせならつきたての餅でもどうですか、と言いだしたものだから、目をキラキラさせたちびっ子たちに負けてしまったのだ。
立ち枯れの拠点にある転移用の小屋まで私はスーパーカブで向かうことにしたけど、稲荷さんはどうするんだ? と思ったら、久しぶりにお狐様の姿に変わって、ひとっとびされてしまった。
――時々、神様だっていうの、忘れるんだよね。それに。
マリンとノワールは、ちびっ子の姿のまま、猛スピードでスーパーカブの前を走っている。
そう、《《走っている》》のだ。尋常じゃないスピードで。
――この子らも、でたらめだしねぇ。
私は遠い目になりながら立ち枯れの拠点へと向かう。
立ち枯れの拠点の小屋の前には、にこやかに笑みを浮かべる人型の姿に戻った稲荷さんの他に、なんとガズゥとテオ、マルの三人が待ちかまえていた。
テオとマルに比べて一人大きなガズゥに、稲荷さんが親し気に肩をパンパン叩いている。二人が並ぶと、ガズゥのほうが少し小さいけど、それだって、十分に大きい。
「あれ、どうしたの」
「サツキ様のスーパーカブの音がしたから」
ガズゥがニッと笑う。
――おやおや。
すっかり大きくなってしまったので、一端の青年のように見える。まだ12歳だというのに。いや、白狼族の村で『成人の儀』を終えているから、一応、大人になるのか。
一緒にいるテオ(10歳)とマル(8歳)が凄く幼く見えてしまうのは、仕方がない。ノワールとマリンと四人で揃うと、これまたわちゃわちゃしていて可愛い。
「サツキさま、おんせん?」
「おんせんいくの?」
「餅だろ」
「餅よね」
四人の会話が全然嚙み合ってなくて、可愛い。
「稲荷さんからお餅をいただきに、温泉にいくの。三人も一緒に行く?」
「もちっ!」
「もち?」
「餅ー!」
「餅ー!」
最後はマリンとノワールが拳をあげるから、テオとマルまで「おー!」と同じ格好をした。
その姿に、いつも胡散臭い笑みを浮かべる稲荷さんも、優しい顔になっている。
「ほら、あんまり遅くなると、ハノエさんたちも心配するだろうから、さっさと行くよ」
私はスーパーカブをタブレットの『収納』にしまうと、転移用の扉を開けて、皆でエイデン温泉へと移動した。
温泉の周辺はすっかり雪景色になっている。私たちのいる村よりもずっと北にあるのだから当然か。建物へと向かう道はちゃんと除雪されているので、歩くのには問題はない。
温泉は、今も人気のようで、チラホラ村人の姿が見える。特に年配の人たちが通っているようで、ちょうど戻ってくる人たちに軽く会釈をして、私たちは稲荷さんたちの温泉宿へと向かう。
「旦那様、お帰りなさいませ~、五月様、いらっしゃいませ~」
着物姿の稲荷さんの眷属たちに出迎えられて、私はすぐに客間へと案内された。馴染みのある畳敷きの和室に、私もホッとする。
ガズゥたちも何度か来ているので、すぐに畳の上でごろ寝を始める。
「お餅は、今、ご用意してますので、少しお待ちください」
目の細い女将さんに声をかけられ、いつの間に伝わったのか、と一瞬驚くも、稲荷さんの眷属だったら、当たり前なのか、とも思い、目の前に置かれたお茶に手を伸ばした。