第841話 先代フェンリルの言い分
ドドーンっという効果音が、目の前の光景には似合うかもしれない。
そこには、ひよこ色のセーターを着たエイデンが仁王立ちしている。そう、ひよこ色。
「で、なんでお前がここにいる」
――地の底から聞こえるような声って、こんな感じなんだろうなぁ。
遠い目になりながら、今の光景を眺めている私。
先代フェンリルは伏せ状態。ジーンは正座している。こちらでも正座するんだ、と変なところで感心している。
正門の前でわちゃわちゃしているところに、突然エイデンが現れてから、この状態である。
『エ、エイデン様』
「な・ん・で」
『う、うう、だ、だって』
「だって?」
『せ、精霊たちが楽しそうなこと言うんだものーっ!』
伏せ状態でビャービャー泣き出した先代フェンリルに、周囲は呆れ顔だ。ビャクヤよりも年は上だと言ってた気がするんだが、どっちが大人だよ、と思ってしまう。
「フェ、フェンリル様をいじめるなっ」
「……黙れ」
「ぴゃっ!」
エイデンのひとにらみでジーンは変な声をあげて、お漏らしをしてしまった。
「ちょ、エイデン!」
確かに、ちょっと態度は悪いかもしれないが、さすがにテオたちと変わらないくらいの子供相手に、威圧で怖がらせるのはいただけない。
「ふぇ、ふぇぇぇぇんっ!」
「ああ、もうっ」
慌てて私が抱き上げようとしたところ。
「サツキ様、この子は私たちが」
先にハノエさんが抱き上げて、ママ軍団とともに村の前にある宿泊施設のほうへと走って行った。
『ジ、ジーン』
心配そうな目を向ける先代フェンリルだけれど、エイデンに睨まれて身動きが取れない。
「白狼族の村はどうした」
『わ、私がいなくても、あの村はどうとでもなろう?」
「お前が守護してたのではないのか」
『……妻が生きていた頃には守護もしていたが、だんだん血が薄まってしまった。そこのネドリは、久々に私の血筋の力が濃く出たが……他のは、ダメだ』
不満そうな顔の先代フェンリル。
「別に血に拘らずとも、よかろう」
『……あいつらは、年に一回の儀式の時にしか、私を敬うこともなくなった。それ以外では、ジーンくらいしか私の元に来る者もいない』
目を閉じ、深いため息をつく。
『もう、孤独なのは嫌なのだ』
寂しそうに言う先代フェンリルだったけれど、実際の白狼族たちの先代フェンリルへの扱いがどうなのかは、私にはわからない。チラリとネドリさんに目を向けると、苦い顔をしている。これは、思い当たる節でもあるのだろうか。
先代フェンリルの後ろに集まっているビャクヤたちも、どこか気の毒そうな顔つきだ。
「エイデン」
私はエイデンの背中に声をかけると、不機嫌そうな顔で振り向く。
「ビャクヤたちがいいなら、いいんじゃないかな」
「五月『ほんとかっ!』」
エイデンが言い切る前に、先代フェンリルが声をあげる。
「黙れっ」
キューンッ
再びエイデンが威圧をすると、先代フェンリルはへたり込む。
「ビャクヤたちに迷惑かけるようだったら、出て行ってもらうってことで」
「五月、甘いぞ」
「いや、でもさ」
「あのジーンはどうする」
「あ、う、うーん」
そもそも、あの子は何しにここに来たのか、わからない。
――ハノエさんたちが何か聞き出してくれればいいんだけど。
先代フェンリルから熱い視線を向けられつつ、私は大きくため息をついた。