第835話 キャンプ場での今年最後のご挨拶
荷物満載の軽トラで、稲荷さんのキャンプ場にやってきた。
今日もそれなりにお客さんが入っているようで、受付のところには数人の人の姿がある。
私はカウンターにいるスタッフの男の子に声をかける。十代後半くらいの学生さんだろうか。
「稲荷ですね。少しお待ちください」
ここでは初めて見る顔なんだけど、どこか見覚えがあるような、と思っているうちに、事務所のほうから稲荷さんが顔を出した。
私がペコリと頭を下げると、稲荷さんはいつものように胡散臭そうな笑みを浮かべて、手招きしたので、そそくさとカウンターの中へと入る。
「忙しいのにすみません。これで年内最後になると思って」
「いえいえ、お気になさらず」
事務所の中に入って、お茶とせんべいを頂きながら、稲荷さんと近況報告する。主にグルターレ商会絡みのトラブルの話だ。
「まったく……どこにでもいるんですよね。そういうくだらない連中は」
「稲荷さんも何かあったんですか?」
「長く生きてますからねぇ」
悪そうな顔で笑う稲荷さんに、あ、相手のほうが大変なことになってそう、と察してしまう。
「そ、それよりも、ご相談がありまして」
私はスマホで撮った白いバンを稲荷さんに見せる。
「最近、買い物の量が多くて……軽トラよりも、こういったバンのほうが荷物を多く載せられるかなぁ、と思うんですけど、どうですかね」
「ほおほおほお」
「最初は小型トラックも考えたんですけど、ちょっと山の中の運転を考えると、私の腕じゃ難しいかなぁ、と」
「そうですねぇ……」
稲荷さんは、うーん、と考える。
「それに、荷台にカバーがあるとはいえ、途中で雨が降ったりしたら荷物が濡れちゃうじゃないですか。車内に入れておけば、雨のことを考えなくてもいいし」
「そうですね」
チラリと窓の外にある軽トラへと目を向ける。
「今日も大荷物ですねぇ」
「あははは」
笑って誤魔化す私。
稲荷さんは一瞬考えただけで、すぐに答えた。
「わかりました。年明けにでも用意しましょうか」
「え」
「一度、望月様が運転してみて問題なさそうでしたら、そのままうちキャンプ場の車にしてしまうので」
「え」
「何、望月様が使われなくても、うちでも使い道はありますから」
「いいんですか」
「いいです、いいです」
軽トラも稲荷さんのところのものなので、感謝しかない。今度、稲荷さん用に多めに梅酒を作っておこう。
それから、ノワールとマリンが餅にはまったと話したら、大受け。
うちでも餅を作ろうかと思ったけれど、その準備が大変そうなのでめげたと話したら、キョトンという顔をされた。
「餅なんて、そんなに手間ではないでしょう?」
「えぇぇ?」
「うちは、しょっちゅう眷属たちが作ってますよ?」
「は?」
「なんだ。餅が欲しいんでしたら、言ってくれれば温泉宿のほうでいくらでもご用意しますよ」
「え?」
「ん?」
稲荷さんの言葉に、一瞬固まる私。
――あんなに悩んだ時間はなんだったんだ。
「あっ!」
ふとカウンターのほうにいた見覚えがあると思った男の子へと視線を向けると、男の子が気付いたのか、こちらを振り向き、ニッと笑って会釈した。
稲荷さんの眷属、ここでも活躍中だったようだ。