第801話 ミエパリーノ商会
チャーリーを先頭に、私たちは馬車のある方へと向かう。ドンドンさん、ギャジー翁、私の順についていく。
宿舎のある敷地の入口まで向かう間、チャーリーに経緯を聞く。
相手はレミネン辺境伯領の領都に本店を構える、ミエパリーノ商会の次男坊らしい。
その次男坊が、グルターレ商会の取引先を知りたがり、自分のところに乗り換えさせたいらしい。その前に、うちの村がどういった村なのかを調べにきたという。
――調べるくらいで、隷属の首輪や毒を使ったり、子供を誘拐したりする?!
明らかにまっとうな商会じゃなく、裏の商売みたいなのもやってそうだ。
「サツキ様、なんか嫌なニオイがします」
ボソッとドンドンさんが言う。獣人の嗅覚は侮れない。いったい、どんな商品を持ってきたというのだろう。
入口では男が三人、立って待っていた。
一人は明らかにイライラした顔をした二十代くらいの男性で、あとの二人は二十代から三十代くらい、無表情な顔で周囲を見ている。護衛か何かなんだろうか。
すでに荷物をいくつか降ろしているようで、馬車の脇で作業をしている人の姿も見える。
イライラしていた男は私たちの姿を確認すると、すぐに作り笑いを張り付かせて揉み手をしながら待ち構えた。
「初めまして。『グルターレ商会』の紹介で参りました」
ニコニコとしているけれど、目が笑っていない男の視線は、ドンドンさんのほうに向いている。ドンドンさんが村の代表と思っているのだろう。
実際、チャーリーもドンドンさんが私に敬語で話をするのを聞くまで、ドンドンさんが村の代表だと思ってたのだ。この世界、女性のほうが地位が低いのは当たり前らしいので、この程度は気にはしないけど。
しかし、本当のグルターレ商会の人間だったら、私の周りに精霊が集結しているのがわかるし、私のことも周知されているはずなので、私に声をかけてくるはずなのだ。
「(やはり、エルフはおりませんね)」
「(わかりました)」
こそりとギャジー翁が私に耳打ちする。
「紹介ってことは、グルターレ商会じゃないんですね?」
「あ、はい。私どもは……」
「俺たちはグルターレ商会だって聞いたから、出てきたんだ。話が違う」
「え、いや、そのグルターレ商会から依頼がありまして」
「依頼?」
「え、ええ! しばらく、こちらにうかがえないので、私どもが代わりにと」
揉み手をしながら話し続ける男に、不快感しか感じない。
「(どういうこと?)」
こっそり風の精霊たちに聞いてみる。
『グルターレのれんちゅう、いま、こっちにむかってるよぉ?』
『レミネンへんきょうはく? そのてまえあたりー』
『とうぞくにおそわれてたけどぉ、やっつけてたー』
『でも、ちょっとじかんかかるかもー』
絶対、ミエパリーノ商会がらみだろうと、私でも思う。
私がぐぬぬぬ、と怒りを抑え込んでいる間、男はドンドンさんに商品を売り込もうと必死だ。
「うちはグルターレ商会としか取引はしない」
「そこをなんとか! うちでしか取り扱ってない商品もございます! それに、こちらの村の物もグルターレ商会よりも高く買い取らせていただきますから」
「値段の問題では……」
「さっさと、持ってこい!」
ドンドンさんが言い切る前に、男は背後にいた男たちに荷物を私たちの前へと運ばせた。
「さぁ、ぜひ、こちらを御覧ください」
「……おや、ニックじゃないかい」
いつの間にか私たちの後ろに現れたピエランジェロ司祭が、ミエパリーノ商会側にいる若者に声をかけていた。