第800話 人質
ドンドンさんが、厳しい顔で人族の若者の対応をしている。
冒険者の若者は、チャーリーというらしい。パーティ名は『炎の盾』。『焔の剣』をリスペクトしてるんだろうか。
他のメンバーはどうしたのかと聞くと、今は別行動をしていて、今回の護衛依頼に、彼だけが参加しているらしい。
オドオドしている彼は、同行している『グルターレ商会』が中に入れないので、どうにかしてほしい、と伝えにやってきたそうだ。
この場所からは見えないのに、チラチラと後方の『グルターレ商会』の馬車の方を気にしている。
「ギャジー翁」
私は隣に立っているギャジー翁にこっそりと耳打ちする。
「風の精霊たちが、この子が『隷属の首輪』をしてるっていうんだけど」
頭の中には、前にガズゥたちが付けられた『隷属の紋』と、ボロボロだった彼らの姿を思い出して、つい苦々しい顔になってしまう。
「はい。私にも聞こえました」
ギャジー翁も厳しい顔をしている。
『さつき~』
また別の風の精霊が飛んできた。
『なんか、あいつらのばしゃのなか~、ボロボロのひとのこがいる~』
『こいつのおとうとみたい~』
『れいぞくのくびわしてる~』
『どくにおかされてる~』
それを聞いて、私が黙っていられるわけもない。
私はドンドンさんの後ろから出てきて、目の前のチャーリーを睨みつける。
「ねぇ」
私が低い声で問いかけると、チャーリーはビクリと身体を震わす。
「もしかして、脅されてる?」
私の言葉に、チャーリーは顔色を悪くする。
「お、脅されてなど……」
「大丈夫。弟が、人質?」
「!?」
「あいつら、何者?」
『ひとぞくだね』
『エルフじゃない』
「グルターレ商会の人たちじゃないでしょ」
ガタガタと身体が震えだすチャーリーの肩に、ギャジー翁がポンっと軽く手をのせる。
「安心しなさい。まずは、その首輪を外そう」
「!? でもっ」
「このタイプなら、私にかかればすぐに外せる(人族が作った魔道具だな……それも、随分と質の低い……よく、こんな物を使おうと思ったものだ)」
「外すと相手にわかるんじゃ」
「フッ、そこまで高性能なものじゃない。動くでないぞ」
顔を青ざめながら慌てて自分の首元を隠すチャーリーに、ギャジー翁が優しく諭す。
実際、ギャジー翁の言うとおり、彼の首につけられていた『隷属の首輪』は、カチリという音とともに簡単に外れた。首には首輪の跡が赤くついていて痛々しい。
黒く薄汚れた金属製の首輪には、複雑な紋様が刻まれていて、私には見るからにヤバそうな物に見える。
「う、ううう」
チャーリーは声を押し殺して、泣きだしてしまった。
ずっと、辛かったんだろう。そう思ったら、沸沸と怒りがわいてくる。
『ふぉー! さつきがぁぁぁ』
『おこってる~!』
『いやっほー!』
精霊たちの興奮した声に、いつもなら冷静になるところなんだけど、今回は収まらない。
「まずは、弟さんを助けないとね」
「どうしますか」
ドンドンさんも怖い顔だ。
「馬車の台数は3台です」
『ひとじちはいちばんうしろのばしゃだよ』
「弟さんは、一番後ろの馬車にいるのよね?」
「は、はい。でも、妹が」
「妹?」
「ケイドンの街にいる奴らの仲間に、妹が捕まっててっ……う、うう」
チャーリーの言葉に、私は思わず、ギロリと敷地の外にいるはずの馬車の方へと視線を向けた。