第799話 怯える冒険者
村へ向かう道をスーパーカブで走る私。マリンは私の前を走るセバスの背中に乗っている。セバス、早い。段々離されてくので、苦笑いが浮かぶ。
――ハノエさんが見覚えがある冒険者ってことは、『焔の剣』のメンバーではないのかな。
グルターレ商会と一緒に何度も村にやってきている『焔の剣』だったら、ハノエさんはメンバーの名前を知っているから、その人の名前を言うはずだ。
それにグルターレ商会といえば、南の隣国との国境で揉めてたという話だったけれど、それと関係あったりするんだろうか。
色々考えているうちに村の裏手に到着した私は、スーパーカブをタブレットに『収納』して、待ち構えていたマリンたちと一緒に村の中へと入っていく。
村の入口の大きな門のところに村人たちが集まっている。獣人たちだけではなく、エルフのギャジー翁たちや、ドワーフのヘンリックさんたちもいた。
そちらへ向かうと、ハノエさんが一番最初に私たちに気が付いた。
「サツキ様、すみません」
背中に赤ん坊のゲッシュを背負ったハノエさんが、不安そうな顔で駆け寄ってきた。
ゲッシュは楽しそうにキャッキャッと手を振っている。周りに風の精霊たちが飛び交っているのを、捕まえようとしているようだ。
「申し訳ない。護衛についている冒険者が見知った顔ではあったんだが、様子が少しおかしくて」
ハノエさんの後ろから声をかけてきたのは、ハノエさんの実兄のボドルさんだ。ドンドンさんは門のところで怖い顔で外の様子を見ている。
門の前にその冒険者が立っているらしい。
「グルターレ商会の護衛だったら、『焔の剣』じゃないんですか?」
「ああ、それだったら俺も気にしなかったんだが」
ボドルさん曰く、『焔の剣』のメンバーではなく、前々回くらいにグルターレ商会が来た時に同行していたもう一つの冒険者のパーティのメンバーらしい。Cランクのパーティで、『焔の剣』の後輩だったそうだ。
その時は彼らのパーティだけ村の中までは入れなかった。だから、入口からは入れなかったのかもしれない。
そして、いつもなら門のところまで来てから声をかけてくるグルターレ商会が、宿舎を建ててある敷地の入口の前で立ち往生しているらしい。
宿舎の敷地は低めの石壁で囲まれていて、悪意のある者は入れなくなっているはずなので、 その時点で十分怪しい。
「とりあえず、様子を見に行こう。ドンドンさん、変化のブレスレット付けて来てくれる?」
「はっ」
ドンドンさんは村の門の管理をしていることもあって、普段から変化のブレスレットを付けているそうで、その場ですぐに人族の格好に変わる。
「よろしければ、私も行きましょう」
ギャジー翁が声をかけてきた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。グルターレ商会の連中であれば、魔法で姿を変えていても私なら誰だかわかりますから」
「助かります」
そう言ってギャジー翁は尖った耳を、人族の丸い耳に変えた。
先に門の外に出たのはドンドンさん。
「待たせたな」
「い、いや」
門の外で待っていたのは、10代後半くらいの人族の若者だった。
体つきはしっかりしているけれど、どこかオドオドしたような怯えたような感じ。それに顔色がだいぶ悪い。
――あー、覚えてないなぁ。
記憶にはないけれど、ここまで来れたということは、この子には悪意はない。悪意はないんだけど……。
『さつき、さつき』
風の精霊が私の耳元で囁く。
『このこ、れいぞくのくびわ、されてるよ』
ピキンッと、私の顔が固まった。