第792話 マリンとカレーを作る
ログハウスの中で、エイデンとノワールのカレーのオーダーに応えるべく、私は野菜たちと格闘中。
隣には子供の姿に戻ったマリンが、台座に立って、一緒ににんじんを切っている。子供の姿のせいで、心配になるものの、なかなか器用である。
先ほどまでワキャワキャ言っていた風の精霊たちは、人型の子たちはまたどこかへ飛んで行って、小さな光の子たちは私の背中にへばりついている。
人型の子たちと違い、彼らは言葉がないのでかなり静かだ。
――これ、見えている人がいたら、どんなふうに見えているんだろう。
私の頭の中に浮かんだのは、某アニメで、亀な仙人が甲羅を背負っている図だ。
「ぷっ」
思わず笑いが抑えられず、漏れてしまう。
「なーに?」
「ううん、なんでもない。綺麗に切れたね」
「フフフ、任せてよ~」
ご機嫌なマリンに、私もニッコリ。
切った野菜をざるに山盛りにしていく。肉はタブレットの『収納』からフォグベアの塊肉を取り出す。
聖獣バスティーラであるマリンの故郷、帝国とジェアーノ王国(ラインハルトのいる国)の間に生息している熊の魔物だ。熊肉のはずなのに、あちらの高級牛肉を彷彿とさせるお肉なのだ。
我が家に来た当初は、小さな黒猫のようだったのに、今ではビャクヤなみの巨大な身体になるのだもの。彼女の成長速度にびっくりだ。
あれだけ大きな身体になれるのなら、故郷の土地に帰してあげてもいいのだろうけれど、彼女は帰る気はないようだ。
ちなみに、帝国とジェアーノ王国の戦いは、すでに終結してはいるようなのだけれど、戦いの跡地はまだ元通りとはいかないらしい。
それでも、フォグベアは逞しく生き抜いているようで、エイデンがたまに狩ってきてくれる。
「フォグベアね! このお肉、美味しいのよねぇ」
小さめな包丁を手に、身を乗り出してくるマリン。
「ほら、あぶないから。にんじん、切り終えたの?」
「あ、まだー」
チラチラと肉に視線を向けながら、マリンはにんじんを切りだした。
大きな寸胴鍋で、コトコトとカレーを煮込む。
部屋の中はカレーの匂いで充満している。凝ったことはできないので、固形のカレールーをたくさん入れたら、ちょっとトロミが出ていい感じだ。
「ねぇねぇ、味見しようよ」
カレーの匂いに我慢ならなかったのか、マリンがクイクイと私のトレーナーの裾を引っ張る。
「そうね……エイデンたちが戻ってくるのがいつかはわからないし」
ダンジョンのどこまで行ってるのか聞かなかったけど、彼らのことだから、そんなに浅いところではないだろう。
味見といいつつ、私はマリンと私の分の皿にごはんをのせてから、たっぷりのカレーをかける。私たち二人分程度では、全然、減らない。でも、あの二人にかかったら一瞬でなくなりそうだ(遠い目)。
冷たい水に、簡単なサラダを作ってテーブルに運ぶと、マリンの目が期待でキラキラしている。
「じゃあ、いただきまーす」
「いただきますっ」
ガツガツと食べるマリンを見ながら、私も一口。
――安定のカレーの味だね。
カレールー様様である。
では、もう一口、と思ってスプーンをごはんにさすと、窓からするりと抜けてきた、たくさんの精霊たちの姿。
『サツキ~!』
『くそー、あいつらにまけたー!』
『もう、もう、もう! おまえがよりみちするからぁ!』
……ガズゥたちのほうに向かった風の精霊たちが、騒々しく声をあげながら戻ってきたのだった。