第790話 エイデンとノワールの好物
精霊たちが戻ってきたのは翌日のこと。
ログハウス前で、ちびっ子ノワール、ちびっ子マリン、セバスと一緒に、チャッチャカとダンシングバターを作っているところだった。
私は踊っていない。
踊っているのはノワールとマリンだ。セバス、足踏みしている。
繰り返すが、私は踊ってはいない。
さすがに無音で躍らせるのも可哀想なので、スマホでアップテンポな音楽を流して、それに合わせて踊っている。
――楽しそうねぇ。
そんな彼らをニヨニヨしながら見ながら、東屋の席に座って久しぶりにハチミツ入りの紅茶を飲んでいると、風の精霊の一人が『サツキ~!』と叫びながら飛んできた。
そして、その後をどんどん風の精霊が飛んでくる。
「うわ、うわ、うわ~!?」
ベチベチベチッと私の顔に張り付くものだから、思わず叫んでしまう。紅茶は思いきり零れてしまった。
「おいっ! 何やってんだ!」
「そうよ、サツキから離れなさいっ!」
踊りまくってた二人がトテトテと駆け寄ってきた。
『うるさいぞ、ちびどらごん』
『そうだぞ、にゃんこもだまれ!』
『そうだ、そうだ』
「なんだと!」
「なんですって!」
売り言葉に買い言葉。
二人はそう叫ぶと、それぞれにドラゴンと巨大な黒豹のような姿に変わった。
――二人とも、カッとなるの早いっ!
ノワールは巨大になりすぎて、敷地に入りきらないから飛び立つし、マリンはビャクヤたちくらいの大きさになってる。まさか、ここまで大きくなるとは、びっくりだ。
「ちょ、ふ、二人とも、落ち着いてぇぇぇ」
私は顔にへばりついた精霊たちをひっぺがして叫ぶと。
「何をやってる!」
今度はエイデンが人の姿で、どこかから飛んできた。本当に、どこから飛んできたのだろう。
――ああ! なんか大事になっちゃう~!
まさかのエイデンの登場に焦っている私。
そんな私をよそに、エイデンはベシッとノワールの頭をひっ叩くと、再びちびっ子の姿に戻るし、ギロリとマリンを睨みつけると、「ピャッ!?」と叫んで……マリンは子猫になってしまった。
「大丈夫か、五月」
ちびっ子ノワールを抱きかかえながら空から舞い降りたエイデン。まるで親子だ。いや、実際、親子みたいなものか。
「う、うん。ごめんね。何かやってたんじゃないの?」
「まぁ、ダンジョンに潜ってただけだから気にするな」
「え、一人で?」
「……」
「ちょっと、誰と一緒に行ってたのよ。本当に大丈夫なの!?」
「大丈夫だ。ボドルたちと一緒だったんだ。やつらなら、あの程度なら生きて戻れるだろ」
「……何かあって、後で奥さんたちに恨まれるとか、嫌なんだけど」
ジトリとした目を向けると、フイッと目をそらすエイデン。
「とにかく、ちょっと風の精霊たちとノワールたちが揉めただけだから、こっちは気にしないで。早く、ボドルさんたちのところまで戻ってあげてよ」
「えぇぇぇ(今から、50階まで戻るのかぁ。面倒だなぁ)」
「ほら、早く……皆と戻ってきたら、何か作ってあげるから」
「ホントか!」
嬉しそうな顔で身を乗り出してくるエイデンに、思わず身をそらせる。
「え、あ、うん」
「よし、じゃあ、行ってくる。ノワール、お前も来い」
「ちょ、その状態のノワールで行くの?」
ちびっ子ノワールはエイデンに抱きついている。この子が魔物相手に戦うのか、と思うと危ないんじゃないかと心配になるのだが。
「五月、こいつ、こうみえて、ボドルたちより強いぞ」
「え」
「エイデン様、さっさと行って、帰ってこようよ」
「よし、じゃあ、五月、俺はカレーが食いたいぞ」
「カレー! カレー!」
まさかのカレーの希望に、二人とも同じ物が好きなのを今更ながらに知った。
「は? う、うん、わかった。作っとくよ」
「よーし!」
「よーし!」
ニカリと笑い合うノワールとエイデンの顔は、そっくり。
上機嫌でピューンと飛んで行く二人を、呆れながら見送る私なのであった。