第785話 ケイドンから帰ろう
串肉屋さんのところでは、散々な目にあったけれど、その後の買い物は無難に済んだ。
一応、エイデンに何の肉だったのか聞いてみたら、おそらく魔羊の一種だろう、とのこと。羊にも魔物バージョンがあったらしい。頭に浮かんだのはセバス。
――セバスの肉は美味しいのか?
チラリとだけ思ったけど、口にはしなかった。今頃、くしゃみをしてたりして。
肉も生焼けだったわけでもないし、味の問題だけ。それをナクラ羊と偽って売ってるのは問題だろうけど、それを取り締まるのは、私たちの仕事ではない。
私たちは馬車を置かせてもらっているという、牧場主のゲイリーさんの知り合いのところに向かい、そのまま馬車に乗って街を出た。
荷馬車には大量の食料の他、生地などの束も載っている。ママ軍団が子供たち用の服を縫うんだと張り切っているらしい。
確かに、マカレナたちや孤児院の子供たちもニョキニョキと成長していて、サイズが合わない子もちらほら。グルターレ商会も古着の子供服を持ってきてくれるけれど、あまり量はないようで、皆で着まわしているらしい。
一応、護衛として来ていたラルルが、マティーたちに代わって女性用の古着も買ってきたようなので、村についたら女性たちも盛り上がるかもしれない。
こういった女性向けの物を買う時は、マティーたちだけでなく、女性も付き添ったほうがいいかも、というのが今回の反省点だと思う。
荷馬車に揺られながら街道を走り、獣人の村へ向かうあたりの林へと折れる。
「五月、道はどうする」
エイデンが荷馬車の脇を歩きながら声をかけてきた。
「街であんなに揉めたんだもの。ヘタにわかるような道は作らないほうがいいかなって」
「そうだな(後をつけてくるやつもいるようだし)」
「途中の林を抜けてからだったら『整地』するのもアリかな」
でも私の土地ではないし、少し作業が必要か。
「……今日は急いで帰ろう。さすがに皆も疲れただろう」
「家でお風呂に入りたいです!」
エイデンの言葉に、ラルルが手を上げて言うものだから、皆が笑い声をあげる。
確かに、『タテルクン』で作ったログハウスでの生活に慣れてしまったら、こっちの生活レベルは厳しく感じるだろう。
「風の精霊たちも手伝ってくれるだろう」
『まかせて~』
『うまさんたち、がんばろうねぇ~』
ブルルル~
私とエイデンにしか聞こえない精霊たちの声に馬が返事を返したように嘶いたから、思わず笑ってしまった。
* * * * *
先を行く馬車を追いかけていたのは、冒険者ギルドからの依頼を受けたDランクの冒険者。足の速さと持久力を評価されていた彼だったが、馬車との距離がどんどん離されていくのに焦りを感じていた。
――あいつら、どんだけ速いんだよ!
馬車と並走している冒険者たちのペースに、舌を巻く。
街道の途中にある林のところに入っていく様子に、これで少し追いつける、と思ったのだが。
「え、どこ行った?」
林の中の荒れた道ではペースは落ちるはずなのに、すでに馬車はいなかった。
さして大きな林ではない。轍の後を見つければ追いかけられるはず、と思った冒険者だったのだが、途中から道に迷い始める。
迷うような道ではないのに。
「え、俺、帰れる?」
顔を真っ青にした冒険者の肩には、くすくすと笑う土の精霊たち。
『このまま、えんえんとまよわせてもいいんだけど』
『はっこつしたいとか、さつきがいやがりそう~』
『たしかにー』
そんな会話がされてるとも思わずに、冒険者は必死に道を探すのであった。
……ちなみに、翌朝には無事に街道側に抜けられたことを、追記しておく。