第784話 美味しい肉?
私たちはマティーたちと合流するべく、街の商店が集まっているあたりに向かうことにした。
特に待ち合わせの場所は決めていなかったけれど、マティーたちにはケニーとラルルがいるし、こっちにはエイデンがいるから、うまいこと合流できると、安易に考えてた。
実際、マティーたちの居場所は、すぐにわかった。
「なんか揉めてる?」
マティーたちがいたのは商店の並んでいる通りではなく、露店の集まった市場だった。
揉めているのはケニー。相手は串肉を売っている屋台のようだ。
「なんだとぉ!」
「ああ、悪かったって。この肉の味が俺には合ってなかった、それだけのことだろ?」
「いいや、あんたはマズイって言ったんだ!」
「はぁ。参ったなぁ」
「悪いと思ってるんなら、これ全部、買っていけ!」
「はぁ? 俺好みでもない味のもんを、なんで俺が買わなきゃなんねーんだよ」
どうもケニーが、ポロッと本音を言ってしまったらしい。
だからって、全部買え、は言い過ぎな気がする。だって、露店には山のように串肉が積まれているのだ。
――冷えて美味しくないんじゃない?
もう一度、炙ってからお客さんに渡すような感じなんだろうか。
「何、揉めてんのよ」
「あ、サツキ様」
私が声をかけると、ケニーは困った顔をしている。
そばにはラルルもいたけれど、彼女の手元には一口しか食べられていない串肉がある。串に刺さっている肉は一口で食べきるには大きい塊で、それが三個刺さっている。
肉好きの狼獣人が途中で食べるのを止めるなんて、どれだけマズイ肉なのか。
マティーたちは串肉ではなく、別の店で焼き芋らしき物を手にしていて、ケニーたちの揉めている様子に、どうしたらいいのかわからなくて困っていたようだ。
「(美味そうな匂いにつられて買ってみたんですけど、はずれだったんです)」
「(そんなにマズイの?)」
ラルルが肩をすくめて、渋い顔で串を差し出す。
「(たいていの肉は気にせず食べられるんですがね。これはダメでした)」
私はその串から一口もらう。
肉自体に、独特の臭みがある。羊の肉に似ているかもしれないけど、それよりも臭みが強い。何を食べて育ったら、こんなに強い臭いになるんだろう。
「……あー、これはちょっとケニーたちには向いてないかもね」
「なんだとぉ」
地獄耳なのか、思わず出た言葉に屋台のおじさんが声を荒げる。
「いや、これの臭みがちょっとキツイからさ」
「この臭みがいいんじゃないかっ!」
「そういうもの? マティー、これってケイドンではよく食べるの?」
「え、お、俺たちは、もう少し安い肉しか食べてこなかったから……」
マティーたちが食べたことがあるのは、野ネズミや野ウサギといった小物の串肉で、冒険者ギルドで小銭を稼いでいた時に食べたことがあったらしい。
「ケッ、ネズミやウサギと同じにするねぇ! こいつはれっきとしたナクラ羊の肉だ! お前ら、美味い肉を食ったことがねぇんだろ!」
「あ、やっぱり羊肉か」
「なんだ、姉ちゃんは羊肉食ったことあるのか」
「こっちでは初めてだけど……私でもちょっと臭いがキツイよ」
「かー! この臭みの良さがわかんねぇのか!」
残念なものを見るような視線を向けられて、少しばかりムカッとする。
「とにかく、味が合わなかったってだけでしょ。別にケニーが全部買う必要ないよね」
「こちとら、大事な肉をけなされたんだ! 全部買われても、納得なんかできるかってんだ!」
めんどくさいな、と思い始めたところで、いつの間にかラルルの最後の串肉を食べたエイデンがボソリと言った。
「お前、これがナクラ羊だって?」
「な、なんだよ」
「ナクラ羊は、もう少し甘味の強い肉質だ。臭いだって、ここまで強くない。お前、本当は何の肉を売っていた」
ゴゴゴーという効果音が聞こえてきそうなエイデンの様子に、さっきまで居丈高だったおじさんが、真っ青な顔になった。
エイデンの言葉に、私は何の肉を口にしたのか、少し不安になる。お腹大丈夫だろうか。
「……もういいな」
「は、はひ」
エイデンの一言に変な声の返事だけをして固まるおじさん。
周囲の視線が集まっていたことに気付いた私たちは、そそくさとその場を去ったのであった。