第783話 五月、ヒートアップする
ベシーたちの背後には不満そうな主任薬師のフォスターの姿が見える。しつこい男だとわかったので、敬称は無しだ。
「やる気になったら、いつでも来いよ」
最後まで彼女たちに声をかけるのを忘れていない。ベシーたちも苦笑いだけ浮かべている。
「ねぇ。手伝った代金は?」
そのまま戻ろうとしているフォスターに、私は声をかける。
「まさか、タダ働きさせるわけじゃないよね」
「は? 普通の薬師なら、うちで仕事ができるだけありがたいと思うんだぞ。金なんて」
「いえいえ、お支払いしますっ!」
フォスターの声に被せるように受付の男の人が声をあげた。
「ああ? 何言ってるんだ、マーシー」
「黙ってくれ、頼むから。ベシーさん、リンダさん、こちらで清算します」
そう言って、奥のカウンターのほうへ向かう。
その様子を忌々し気に見ているフォスターに、私は再び目を向ける。
「ねぇ、マークのは?」
「あ?」
「マークも薬草の分別手伝ったんでしょ?」
「は、あんなの、仕事のうちにも入らんさ」
「あ゛?」
「勝手に手伝ったんだ。金なんか払う必要なかろうが」
「マーク、そうなの?」
「え、いや、あの受付の人と話しているうちに、なんか手伝うはめになってて」
大人の口車にのせられた、ということか。
「ちょっと」
「は、はい。大丈夫です。その、マ、マークくんだっけ。君もこっちに来てくれ」
「え、いいんですか」
「いいから、早くっ」
最後は必死に呼ぶので、マークもそそくさとカウンターへと向かう。
「……あんたら、なんだってんだ」
カウンターのところまで戻ってきて、文句を言ってきたのはフォスター。
「は? あの子たちの保護者ですけど」
「保護者ぁ? もう、あいつらはいっぱしの薬師と冒険者だろう。余計なことすんじゃねぇよ」
「はぁ? 騙されそうになってるのを助けて何が悪いっていうのよ」
「騙すだなんて、人聞きの悪いことを言うな」
「仕事をさせたのに、金も払わないんだったら、騙すのと同じでしょう? そんなところに、大事な子供たちを任せられるわけないじゃない」
フォスターの居丈高な言い方に、私もいつになくヒートアップ。
「ハッ、あいつらはもう成人してると言ってたんだ。もう子供じゃない。自己責任ってやつだ」
マークもベシーも15、6才くらいだったはず。もしかして、こちらの成人って、かなり早かったのか。
それでも、年若い子が騙されそうなら止めるのが、大人の役目だと、私は思う。
「……ということは、わかってて払うつもりはなかったということだな」
背後に立つエイデンの低い声で、薬師ギルドの部屋の中は『シーン』という音が聞こえそうなくらい静かになる。
私には怒りの表情を向けていたフォスターだったが、エイデンのほうに目を向け、固まる。
「だな?」
「ヒッ!」
ガタンッと尻もちをついたフォスター。
「ちょ、フォ、フォスターさん!?」
まだベシーたちへの支払い途中の受付の男性が驚きの声をあげる。
「だ、誰か、フォスターさんが」
バタバタと奥から人が出てきて、倒れたフォスターの周りに集まりだす。皆、随分と顔色が悪そうで、やっぱり、ここには任せられない、と確信する。
少ししてベシーたちはお金をもらえたようで、三人とも私たちのほうへと戻ってきた。
「ちゃんとお金貰えたのね」
「はい……あの、あの人は」
「……エイデンのひとにらみで腰を抜かしたみたい。それよりも、はい。これがギルドカードだって」
私は二人に薬師ギルドのギルドカードを渡す。
「これで、どこの街でも薬を納品することができるみたい。でも……ここは止めておいたほうがいいかも」
「……はい」
「私もそう思います」
「なんか、ヤバそうな感じだったもんな」
中で作業してた彼らにも、伝わるものがあったようだ。
私たちは用が済んだので、これ以上かかわりたくなかったのもあって、さっさと薬師ギルドから出て行った。
* * * * *
『エイデン、エイデン』
ケイドンの街にいる精霊たちは、小さな光の玉が多い。
こうして声をかけてきているのは、エイデンたちと一緒に山からきた人型の精霊たち。
「なんだ」
『あいつらになにもしなくていいの?』
「俺だって、ぶっ壊すぐらいしてもいいと思うけどな」
エイデンは前を歩く五月に目を向ける。
楽しそうにベシーたちと中で何をしていたかを話している五月。
「南の国との争いは避けられそうもないんでな」
あんな男でもポーションが作れる者や、その場所を壊してしまうのはまずいだろう、と言うと、精霊たちの相手もそこそこに、五月たちの後を追いかける。
『ふーん』
『なんか、しょうかふりょう~』
『じゃあさぁ』
人型の精霊たちと、小さな光たちが集まって、コショコショと話すと、フフフと笑って解散した。
……その後、薬師ギルドの職員全てが禿げあがったという事件が起きたという。