第779話 エイデン、Sランクになるよう懇願される
私たちは、二階にある応接室へと案内された。
ソファに座った私たち。ローテーブルを挟んで向かい側には、ギルマスのアイバンさんと土下座を強要されていたメーガンさんが座っている。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは、受付のカウンターで見かけたことのある女性だ。
彼女が私たちの目の前にお茶とお菓子を置いて出て行った。
「まぁ、まずは茶でも飲んでくれ。その菓子は最近できた店で売ってるんだが、なかなか美味いんだ。嬢ちゃん、どうだい」
「……いただきます」
言われるがままに手を伸ばす。マドレーヌやフィナンシェのような焼き菓子だろうか。
口にしてみれば、案の定、貝のような形をしていないだけで、マドレーヌっぽい。
砂糖やバターをふんだんに使っている感じは、かなり高級な部類になるんじゃないか。
――だから、受付の女の子たちが喜んでいたのか。
こんな辺境の地で、そんな菓子を買ってこさせるくらい、エイデンにする話は大事ということなのか。
私は、チラリと隣に座るエイデンを見上げる。
――うわぁ~。これはかなり不機嫌だわ。
私がいいと言った手前、ここまで機嫌が悪い彼を見ると、少し申し訳なく感じる。
なんとかモソモソと食べきった。味は……普通。いや、こちらではだいぶ上等の類なのかもしれない。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
大人な私が笑顔を張り付けてそう言うと、アイバンさんはニカリと笑みを浮かべる。
「アイバン、用件を早く言え」
「はぁ、エイデン、わかってるだろう? あちこちのギルドでも言われているはずなんだがな」
「……」
「どこのギルマスたちも、お前が来たら話をしたいって言ってるのに、毎度、不在中に限ってやってくるってんで困ってたんだぞ」
これは精霊たちでも使って調べてたりするのかも。よほど嫌なのだろうか?
「頼むよ、Sランクになってくれっ! できたら、うちで!」
アイバンさんが必死にお願いしている。
Sランクといったら、すでに引退しているけど、ネドリさんのことを思い出す。
確か、Sランクになると、王様相手でも拒否できるくらいの立場になると言ってた気がする。実際、ビヨルンテ獣王国の前の王様を相手に、末娘との結婚も断ってたはず。
――Sランクになっても、別に問題ないのでは?
そう思ってるのが通じたのか、エイデンは私の視線を受けて苦い顔になる。
「俺は、五月以外に頭を下げるつもりはない」
「は?」
「Sランクになるには、登録したギルドのある国の国王による認証式を受けねばならんのだろう」
「当たり前だろう!」
「俺の頭に触れられるのは五月だけだ」
フンッと鼻息を吐いて、腕を組むエイデン。
――いや、私以外にも赤ちゃんとか子供たちに触られまくってるじゃん。
思ったけど、言わない。お口はチャック。
それにしても、まさか、ここで古龍としての変なプライドが出てくるとは。
アイバンさんはそんなことは知らないだろうから、何を言ってるんだ、こいつ、という顔をしている。
「だ、だが、Sランクになれば指名依頼は選び放題だぞ」
「今だって、選んでる」
「あー、あー、そうだったな。お前は嫌な依頼は受けないから、こっちはクレームの嵐だよ」
「困るんだったら、ランクを落とすなり、辞めさせるなりすればいいだろう」
「エイデン! お前ほどの冒険者は、そうそういないんだよ!」
アイバンさんが怒鳴るけど、エイデンはビクともしない。私は飛び跳ねてしまったけど。
それに気付いたエイデン。
「……アイバン、これ以上五月を怖がらせるなら、二度とギルドには来ないぞ」
威圧するように言うと、正面に座ってたアイバンさんがサッと青ざめ、隣に座ってたメーガンさんは……気絶してた。
エイデン、加減、加減して(遠い目)。