第776話 薬師の登録に来たのだが
建物の中に入ると、私でもわかるくらい薬草っぽい匂いが漂っている。
あまり広くない室内に、カウンターには中年男性が一人。黙々と何やら書類作業のようなことをしているようだ。
私たちが入ってきたことに気付かないほど集中しているらしい。
「……すみません?」
カウンターのそばに寄っても顔を上げないので、声をかけてみる。
「はっ! あ、い、いらっしゃいませ」
私の声に慌てて顔をあげる男性。
「お忙しいところ、すみません。こちらは薬師ギルドで間違いありませんか?」
「は、はい。ど、どういったご用件で」
「彼女たちを薬師ギルドに登録させたいんですが、どうしたらいいでしょう」
私の後ろで待っていたベシーとリンダを呼ぶ。
「なるほど。君たちの先生にあたる方は?」
「村に来た、流れの薬師の方に教わった程度なんですが」
オババさんから、薬師ギルドに登録するときに聞かれるかもしれないと言われていた。
窓口の担当者によっては、獣人から学んだというだけで拒否する者もいるかもしれない、ということで、『流れの薬師』で話を通せと言われたのだ。
実際、田舎にいけばいくほど、そういう話はあるそうだ。
「でしたら、実技試験を受けていただいて、問題なければ登録しましょう」
こちらも予想済み。
きっとギルドには作業場があるので、そこで実技試験を受けることになるだろう、とのこと。
「少し待っててくださいね」
そう断ると、男性はカウンターの奥にあるドアを開けて「フォスターさん!」と声をかけた。
「なんだ」
ドアから出てきたのはカウンターにいた男性よりも年上の、少し不機嫌そうな強面の男性だ。
「新規のギルド登録者なんですが、実技試験をお願いしたくて」
「……お前さんたち、ポーション作れるか」
「え、フォスターさん、それは」
「作れるかって、聞いてる」
フォスターさんと呼ばれた男性は、受付の男性を無視してベシーとリンダに問いかける。
二人は顔を合わせて頷くと、ベシーが「できます」と答えた。
「よし、そっちの廊下から最初のドアを開けて入ってこい」
「ちょ、ちょっと」
「冒険者ギルドからの依頼が止まってんだ。人手が足りん。使えるもんは使わんとな」
「まったく……」
フォスターさんは部屋の中へ、ベシーとリンダも急いで彼の後を追いかけた。
受付の男性は、大きなため息をつく。
「え、えーと」
「あ、ああ、すみません。今の彼は当薬師ギルドの主任薬師なんです。彼からの評価で問題なければ、登録することは可能なんですが」
「ですが?」
「本来の試験は、初級薬師の登録のための試験で、傷薬を作っていただくことだったんですが……本当に彼女たち、ポーションが作れるのですか?」
不安そうに私に聞いてくるけれど、私も彼女たちがどの程度のレベルなのかまでは知らない。
「俺、いつもベシーが作ったポーション渡されてるけど。問題なく使えてますよ?」
「え、ポーション使うような怪我してんの!?」
思わず声をあげる私。
「まぁ、たまには。あ、でも、そんな大怪我じゃないですよ!」
慌てて否定するマーク。
冒険者だから、多少の怪我はあるんだろうけど、と心配している私をよそに、マークが受付の男性に手持ちのポーションの瓶を渡してみせる。
「ほお、これは……」
キラリと受付の男性の目が光る。
「大丈夫だろ。あの二人なら」
男性の様子と共に、エイデンの自信満々な声に、少しだけ不安が軽くなった気がする私であった。