第774話 ケイドンの街へ行こう
真っ青な秋空の下、幌馬車がガタゴトと音をたてて進んで行く。
御者台には元々行商人候補だったレノ、マティーの二人。荷台にはダリル。
同じく荷台には薬師見習いのベシーとリンダ、護衛のマーク。馬車の左右には変化の魔道具で人の姿に変わっているケニーとラルルが小走りで並走している。
そして私はといえば。
「……馬車って、ほんと遅いよね」
目の前を走る幌馬車の後ろを、軽トラを運転しながらついていっているところだ。
馬のゴーレムで走らせていた私の馬車と比べても、かなり遅い。馬もそうだが馬車自体の性能の違いというのもあるのかもしれない。
あまりにものんびりしたスピードに、あちらの道路で同じことをされたらイライラして、さすがの私もクラクションを鳴らしたかもしれない。
だけど、この長閑な風景の中、気持ちにも余裕があるせいか、暢気に窓の外を眺めてしまうくらいだ。
「仕方あるまい。五月の車のようにはいかんよ」
助手席には大柄なエイデンが、しっかりシートベルトをして狭そうに座っている。
エクスデーロ公爵領での騎士たちへの訓練を終えて、大量の魚介類を貰って帰ってきたエイデン。魚介類はしっかり私への貢物になって、そのままタブレットの『収納』にしまわれている。
その後、村の獣人たちとダンジョンに籠り、大量のお肉をゲットして、ホクホク顔で戻ってきたのが昨日のこと。
私がケイドンの街に行くと聞いて、待ち合わせ場所に当然のように待ち構えていた彼を、置いていくわけにもいかず、助手席に乗せているのが現状だ。
「まぁねぇ。でも、かなりガタガタ揺れてるみたいだけど……街までの道を整備したほうがいいかなぁ」
ケイドンへと向かう大きな街道にぶつかるまでは荒地のせいで、はっきりした道らしいものもない。そのせいもあって、馬車もガタガタ揺れている。軽トラでも多少マシな程度だ。
そうすれば、馬車をもう少し早く走らせることもできるだろうし、揺れも抑えられるし、そんなに早く馬車を傷むことなく長く使えるようになるんじゃないか、と思うのだ。
「整備って、北の拠点から村までの道みたいにするのか?」
「うん……でも、あんまり立派すぎると、色々言われたりするかなぁ」
今まで会った貴族の人たちとは、それなりに付き合えているとは思うんだけど、彼らのような人たちばかりではないとは思う。
頭に浮かんだのは、昔、村までやってきたケイドンのハゲた司教だ。いまだに、ケイドンにいるのかは知らないけど、ああいう人がいたら、下手に街まで道を繋げたら、舗装するのを強制されそうだ。
想像しただけで、顔を顰めてしまう。
「ルーアル石の在庫はあるのか?」
「あー、今はほとんどないかも」
この前の道づくりで消化してしまったのだ。
「まぁ、五月が無理して作る必要もないだろ」
「そうね」
私はハンドルを握りなおして、前の幌馬車へと意識を向ける。
少し先に、小さな林が見えてきた。その先に獣王国とケイドンを繋がる街道がある。そこまでいけば、ケイドンの街の石壁が見えてくるはず。
しかしすでに日が傾いて、今の馬車のスピードじゃ、門が開いている間には到着できないかもしれない。
「あそこの林のそばで野営するしかないかな」
「まぁ、街の宿屋よりも、野営のほうが気を使わなくていいしな」
「……確かにね」
「じゃあ、声をかけに行くか」
「え、ちょ、ちょっと!?」
さっさとシートベルトをはずすと、まだ走っている状態なのにドアを開けて降りる。ドアはしっかり閉めてくれた。
そしてあっという間に先行している馬車へと走っていく。
「……そりゃぁ、怪我はしないとは思うけどさぁ」
私は呆れながら、走っていくエイデンの背中を見送るのであった。