第772話 リンゴジャム
珍しく雨の降る日が続いている。
そのせいもあってか、気温が徐々に下がっていて、朝から暖炉の火は欠かせなくなった
本当は村に行ってダリルたちとのケイドンへの買い出しについて相談をしたいところなのだが、雨の中を向かうのが面倒なのと、急ぎであればハノエさんから『すまほ』で連絡があるはずだと思うので、天気が回復するのを待っている。
以前の豪雨のようなひどい雨でないのが救いだ。
今日はキッチンでリンゴジャムを作っている。
ログハウスの敷地のリンゴの木で生ったもので、私たちが留守にしている間にテオたちが収穫しておいてくれたので、そのお礼も兼ねてリンゴジャムを作っているのだ。
ちなみに柿も収穫してくれていて、これはもう少し追熟させるためにキッチンのカウンターにリンゴと一緒に置いてある。どちらもかなり立派なサイズだ。
一応、リンゴのほうは生のまま食べてみたけれど、蜜がたっぷりで十分甘くて美味しかった。
「そろそろいいかな」
コトコトと煮込んだリンゴは、少し形が残っている物もあるものの、ハチミツのような色合いで、とろりとして美味しそう。
私にしては上出来だと思う。
パンにつけてもいいけれど、ヨーグルトも捨てがたい。
「パイ生地があれば、アップルパイもいいんだけど」
さすがにパイ生地は作ったことはないし、今は手元にレシピもない。
こういう時の冷凍のパイ生地なんだろうけど、それもないのでアップルパイは作れそうもない。
「いい匂いね」
キッチンまでやってきたのは、暖炉のそばで寝転んでいたマリン。今日も女の子の姿の彼女は可愛らしい。
「味見する?」
「うん!」
「あー、僕も味見~!」
でろんと寝転んでいた子供姿のノワールまで起き上がって、声をあげる。
私は魔道コンロの火を止めて、マリンとノワール用に小皿にちょこんとリンゴジャムを載せる。
「まだ熱いから気を付けてね」
「うんっ!」
「ジャム♪ ジャム♪」
二人は嬉しそうに小さなスプーンと一緒に小皿を受け取ると、スプーンも使わずにペロリと食べてしまった。スプーンの意味がない。
目をキラキラさせながらお代わりを要求されたので、もう一匙ずつ分けてあげる。
私は呆れながら、取り分け用に使ったスプーンに残っているジャムをペロリと舐める。
――うん、美味しいね。
自然とニンマリ笑みを浮かべてしまう。
これを瓶に取り分けて、テオたちへのお裾分けを用意しなくては、と思い、タブレットの『収納』に入っている瓶を取り出そうと、テーブルに置いてあるタブレットへと目を向ける。
「え、怖いんだけど」
暖炉のそばで横たわっていたセバスが、身体を起こして無言で私に目を向けていた。
セバスの目力が強すぎる。
「何、セバスも食べたいの?」
「……メェェェ」
「羊なのに」
「……メェェェ」
仕方がないので、同じサイズの小皿にジャムを載せて、マリンに渡してセバスのところに持って行かせる。元魔王だから、大丈夫だろう、と思うことにする。
私はタブレットからジャム用の瓶(煮沸消毒済)を何本か取り出して、ジャムを移し替えていく。
窓の外はまだしとしと降っているようだ。
明日あたり晴れてくれたらいいのに、とひっそりと思う私であった。