第763話 領都に滞在する(5)
あちこちから様々な匂いが漂ってくる。いい匂いもあれば独特なニオイもあって、いったい何が売られているんだろうか、と気になってくる。
屋台を見ていると、肉を扱ったところが多いけど、焼き菓子みたいな物を売っているところもある。塊肉をグルグル回しながら焼いている店には、多くの人が並んでいて、人気があるのがうかがえる。
「サツキ様、あそこで魚を焼いているみたいです」
マグノリアさんに言われた方向に目を向けると、アユの塩焼きみたいに串刺しにして売っているのが見えた。大きさもそれくらいで、食べ歩いても大丈夫そうだ。
私たちはいそいそとその店へと向かう。
「へいっ、いらっしゃいっ!」
元気な声で迎えてくれたのは、30代後半くらいの気風の良さそうなお姉さんだ。
後ろには魚を焼くための台があるようで、ザックスくらいの十代半ばの男の子が魚を焼いている。
香ばしい匂いに、思わずゴクリと喉をならしてしまう。
「これは、なんていう魚?」
見た目は本当にアユっぽい。うちの村のユグドラシルの根本に広がっている池にいるマイゴ(まさにあちらでいうアユ)と似ている。でも、先ほどの魚屋さんの話だと海の魚ってことだと思うのだが。
「こいつは、スエートっていう魚さ。淡白な白身の魚よ。よかったら、食べてってちょうだいな」
そう言われたら食べないという選択肢はない。
「まいど!」
ニカリと笑ったお姉さんから、スエートの塩焼きを渡される。
焼きたてのようで串の部分がまだ熱いし、皮目が沸々している。今すぐにかぶりつきたかったけれど、裏手に簡易な席があるから、とお姉さんに言われて、そちらに向かうことにする。
当然、私の分だけではなく、マグノリアさんやリリアさん、それに護衛の男性の分も買った。
お姉さんに言われた通りに行ってみると、私たち以外にも数人の人たちがテーブルに色んな物を並べて食べていた。
「え、あの貝みたいのも美味しそうね」
「まぁ、あのパンはなんでしょう」
私とマグノリアさんは、よそさまの食べ物にも興味津々だ。
「……よろしければ、買ってきましょうか」
そう声をあげたのは、手に魚の串焼きを持った護衛の男性。
「え、いいんですか!」
「……ロッド、これで適当に買ってきてくれ」
護衛の男性がそう言うと、彼の背後からするりともう一人、男性が現れた。
――ど、どこから現れたのっ!?
私が呆気にとられている間に、二人の間でやりとりが済んでしまった。
「モチヂュキ様、あちらの席が空いておりますわよ」
リリアさんの言葉に、「あ、はい」と返事をして、私たちはその席に座ることにした。
* * * * *
今回の五月たちの街歩きには、当然、一緒に同行している護衛の他にも影警護としての護衛が複数ついていた。
ちなみに、リリア・ノームズは、五月たちを出迎えたヴォルフ・ノームズ(若い方の騎士)の妻であり、戦える侍女だ。
「リリア様、串焼きの魚って食べたことあるんですか」
五月たちが焼き魚を売っている女性に「4本ちょうだい」と言っているのを聞いて、護衛の男はリリアに尋ねた。
リリアは侍女とはいえ、貴族の令嬢として育ってきていただけに、平民のような食べ歩きをしたことがないのでは、と男のほうは心配だったのだ。
「フフフ、若い頃にヴォルフ様と街に来た時以来ですわ」
「え」
「リリアさん、はい!」
「ありがとうございます」
五月から串焼きの魚を受け取ったリリアは、嬉しそうだ。
「こちらが貴方の分。さぁ、行きますわよ」
「はっ、はいっ」
五月たちの後を追うリリアに、護衛の男は驚きを隠しながら追いかけた。