第761話 領都に滞在する(3)
フォートン商会は5階建てのお店で、領都の中で一番高い建物だそうだ。ちなみに公爵家の屋敷は三階建て。高さはないけれど一番敷地が広いらしい。
自慢げに説明しているのは、先ほど建物のドアで出迎えてくれたロフターンさんではなく、もう少し若い、といっても四十代手前くらいのおじさんだ。
ロフターンさんは挨拶だけすると、このおじさんに任せて下がってしまったのだ。ロフターンさんが社長で、このおじさんは営業部長みたいなものだろうか。
「一階はこのように、我が商会で取り扱っている商品を、お客様にお見せするように展示しております。実際のお買い物を楽しんでいただけるのは二階以上でございます。二階はご婦人方の服飾、三階は宝飾、四階は紳士用の服飾、五階は魔道具をご用意しております」
五階の魔道具というのが気になるところだけれど、五階まで階段と聞いて行く気が失せた。
「モチヂュキ様、よろしければ二階でドレスなどを御覧になってはいかがでしょうか」
「え」
「(こちらはオーダーメイドの他にも、既製服も取り扱っておられます)」
リリアさんがこっそりと耳打ちしてくれた。
今日の私とマグノリアさんの服装は、街中を歩くつもりでいたので、ケイドンで購入した濃いめの色(私は緑、マグノリアさんは焦げ茶)で丈の長いシンプルなワンピースを着ている。
このゴージャスなフォートン商会では、メイド服を着ているリリアさんがいなかったら、浮いていたに違いない。実際、浮きまくっている自覚はある。
さすがにオーダーメイドの服を作るのは考えられない。既製服といっても貴族が着るような服ばかりなのではないか、と思うと、二階とはいえ、上る気が失せるのだが。
「サツキ様……少しだけ見せていただいてもいいですか?」
「え? あ、うん」
マグノリアさんは気になったようだ。
私は必要ないけど、今の流行は村の女性たちの参考にはなるのかもしれない。
「じゃあ、リリアさん、お願いしてもいいですか」
「はい、畏まりました。では二階の案内を」
「はっ」
おじさんはニコニコしながら階段を先に上っていく。
階段を上がり切ったフロアには、様々なドレスが置かれている。キラキラと眩しいのは、ドレスに宝石でも使っているのだろうか。
――王都でカスティロスさんに紹介してもらった店よりも種類が多そう。
おじさんは、デザインブックを持ってきてくれたけれど、作る気はないので既製品のドレスを見せて欲しいと頼む。
「既製服はこちらになります」
おじさんではなく女性のスタッフが少し奥まったところに案内してくれた。
そこにはハンガーラックに下げた様々な服が並んでいる。とはいっても、展示されていたようなキラキラしたドレスではなく、私がカスティロスさんが王都で紹介してくれたお店にもあったような服だ。
「(これだったら、王都のお店のと変わらなくない?)」
「(そうですね。でも、生地が……)」
「(え、何か違う?)」
「(はい。デザインは似たようなものですけど、生地の質がこちらのほうがよいような)」
マグノリアさんに言われて、服に触れてみると、確かにつるりとした肌ざわりで、今着ているワンピースの生地よりも滑らかだ。
「あの」
「はい」
「こちらの生地は、どちらのものですか?」
「まぁ、生地に気付かれるとは、お目が高い」
女性スタッフが嬉しそうに説明してくれた話によると、エクスデーロ公爵領の東側の村で虫の魔物を養殖していて、その糸を使って織っているものらしく、多くは流通していない生地だそうだ。
――蚕みたいなものかな。
うちの村でもやれるか、と言ったら難しいだろう。虫の魔物を育てるのもそうだし、繊細な機織りも厳しい気がする。
マグノリアさんを見ると、いくつかの服が気になるらしく、手にとってはため息をついている。彼女が見ているのは自分用というよりも、孤児院の女の子たち向けのようだ。
私は少し考えてから、女性スタッフに声をかけた。
「あの、ここから、ここまでを買います」
「え?」
「モ、モチヂュキ様!?」
「サツキ様!」
既製服のドレスではなく、もう少しシンプルなデザインのワンピースの下がったハンガーラック3台分。
――一度、やってみたかったんだよね。
私はリリアさんとマグノリアさんに、ニヤリと笑ってみせた。