第760話 領都に滞在する(2)
カタカタと公爵家の馬車に揺られながら、私とマグノリアさんはゲッソリした顔で領都の街中へと向かっている。
本当は私もマグノリアさんも、普通に街の中を見て歩いたり、お店を見て歩いたりしたかったのだ。それなのに、ゴージャスな馬車に乗せられてしまって、どうしたものか、となっている。
馬車はゆっくりと進んでいるものの、自分が乗ってきたギャジー翁とドワーフたちが作った馬車と違って、振動が微妙にお尻に響く。
公爵家の馬車でこれでは、一般的な馬車になんて、私は乗れそうもない。
きっかけは、前公爵の奥様にちびっ子たちをお任せしてしまうこともあって、一言断っておいたほうがいいだろうと、メイドさんの一人に出かけると声をかけたのだ。
そしたら、ゴージャスな馬車を出していただくなんていう、大事になってしまった。
――何も言わずに出て来ればよかったかな。
少し後悔。
「もうすぐ、街の中でも賑やかな通りに出ます」
私の向かい側に座っているのは、前公爵の奥様付きの侍女のリリアさん。おっとりした感じの女性で、私より少し若そうだ。
彼女の言葉に従って馬車の窓から外を見る。公爵の屋敷に向かう時には通らなかった道だ。
――ケイドンよりも整っているかな。
辺境にあるケイドンよりも、王都と比べるべきか。
王都の街並みのほうが建物が集まってギュッとした感じだったので、それに比べれば道幅もあって、余裕があるように見える。
「この道沿いにあるのは宝飾店や服飾を扱う店が多いですね」
大きな店が何軒か連なっている様子に、へぇ、と感心する。
私はこちらの服は、お貴族様に会う機会でもなければ着ないけど、村の女性たちは気になるかもしれない。
チラリと隣に座るマグノリアさんに目を向けると、少しソワソワしている様子。
「あの、リリアさん」
「はい、なんでしょうか」
「どこかで馬車を降りて、歩いて見てまわりたいのですが」
「さようでございますか……もう少しで馬車を預けられるところに着きますので、少しお待ちくださいませ」
リリアさんがそう答えて5分もしないうちに、馬車がゆっくり止まった。
馬車から降りてみると、目の前にはドドーンと大きな石造りの建物が建っていて、大きなガラス窓から、店内が見えるようになっている。
「こちらは公爵家御用達のフォートン商会です」
リリアさんの言葉に、私もマグノリアさんも唖然とする。
――ご、御用達のお店って。私たちが入るような店じゃないよね?
すると、お店の大きな木のドアが開いて、白い髪をきれいに撫でつけ口ひげをたくわえた男性が現れた。
「いらっしゃいませ。リリア様」
「ロフターン殿」
「本日は、どういったご用向きで……」
男性はチラリと私たちのほうへ目を向けた後、リリアさんと話をしだした。
「……フォートン商会って、私でも聞いたことがあります」
こそりと耳打ちするマグノリアさん。
ケイドンの街には出店はしていないものの、辺境伯領の領都には大きな店があるという。凄いなぁ、と思いながら窓から中をのぞくと、ドレスや紳士服らしきものが展示されている。こんな展示をしている店を、こちらでは見たことがなかったので、へぇ、と感心する。
「モチヂュキ様」
「あ、はいっ」
リリアさんに声をかけられ、振り向く。
ロフターンと呼ばれた男性が、大きく開いているドアの中のほうへと、手を伸ばす。
「どうぞ、中にお入りください」
ニコリと浮かべた笑みに、断れるような雰囲気ではない。
「は、はい……」
私とマグノリアさんは、おずおずと店の中へと入っていく。





