第758話 古龍と聖女
エクスデーロ公爵家の屋敷に到着して早々、エクスデーロ前公爵の奥様が、エイデンの姿を見てボロボロと泣き出した。
なぜに、と思ったら、奥様の初恋の相手だったらしい。初恋って言っても肖像画だけど。
幼い頃から婚約者として遊びに来ては、前公爵お気に入りの『肖像画』を見せられていて、そこに描かれているエイデンに恋をしたわけだ。
所謂、『推し』というものらしい。
前公爵はそれでよかったのか、と思ったら、前公爵にとってもエイデンは『推し』だったから、二人は同好の士となったらしい。
王都での公爵家のこともあって、肩が凝りそうな感じかな、と思いきや、前公爵も奥様も気さくに接してくれたので、助かった。
軽めの昼食に呼ばれた後、お二人は前公爵の曾祖母が昔話として教えてくれたエイデンの武勇伝を、嬉しそうに話してくれた。
ある国では聖女とともに魔物を討伐したり、ある国では流行病の民たちを助けたり。必ず、聖女とともに行動を共にしていたのだと。
へぇぇぇ、と感心してエイデンを見る。すまし顔をしていたエイデンだったけれど、耳が赤くなっていた様子が、少しばかり可愛いと思ってしまった。
前公爵夫妻から武勇伝を聞いた後、私とエイデンは、あまり広くはないけれど上等な家具や絨毯が敷かれた部屋に案内された。
そこには一枚のB5サイズほどの小さな絵が飾られていた。
エクスデーロ前公爵が教えてくれた、『古龍と聖女』というタイトルの絵だ。
宝物庫にしまってあると聞いていたけれど、わざわざ私たちのためにこの部屋に飾ってくれたそうだ。
「……確かに、エイデンそっくりね」
「ああ。それに聖女の姿も、彼女そのものだ」
そう答えるエイデンの顔は、懐かしそうな、そして少し寂しそうな顔をしている。
私も、小さな絵のほうへと目を向ける。
スラリとした長身で黒い鎧を来たエイデン。この姿は変わらない。その隣に立っているのは、エイデンの肩より少し低いくらいの身長の、緩やかに波打つ金色の長い髪に、青い瞳をした美少女。淡いピンク色のドレス姿は、ビスクドールみたい。
――え、これが私の前世?
全然、別人過ぎて、顔が引きつる。さすがに、この美女が、こんな平らな顔の私と繋がるとは思えない。
そして、絵の中の二人は、お似合いのカップルに見える。
先ほどのエイデンの表情を思い出し、少し胸がチクリと痛くなる。
「よろしければ、こちらの絵はエイデン様に差し上げます」
私たちの背後に立っていた前公爵が声をかけてきた。
「え、でも、家宝なんですよね」
――さすがにそんな物を貰うわけにはいかないでしょ。
「あ、でしたら、写真撮らせてもらってもいいですか」
「シャシン、ですか?」
前公爵が首を傾げる。
「はい、あの、ちょっと失礼。エイデン、バッグくれる?」
「ああ、これな」
さすがにタブレットやスマホを入れた斜め掛けバッグはドレスには合わないので、エイデンの空間収納で預かってもらっていたのだ。
私はバッグからスマホを取り出し、肖像画をカメラで撮影した。
「はい、これでどうかな」
私がエイデンに画面を見せると、彼はフッと口元を緩めた。
「あの、それは」
前公爵が興味津々の眼差しを向けてきたので、画面を見せる。
「おお。これは最新の魔道具ですか」
「え、ああ、そ、そうですね」
身を乗り出して聞かれて、その圧に思わず、そう答えてしまった私であった。