第755話 領都の手前、小さな村にて
王都を出て2日目の夕方には、エクスデーロ公爵領に入ることができた。
さすがギャジー翁渾身の馬車である。
コントリア王国の中でも少し北に位置しているせいか、馬車から外に出ると王都よりも肌寒い感じだ。
窓から見える風景は、すでに収穫が終わっているのか、すでに畑には何もないし、夕方ということもあってか人影もない。
タブレットの『地図』を見ると、領都まではあと少し。夜の間も走れば到着しそうだけど、王都のように城壁に囲まれてたりすると、夜遅いと中に入れなさそうだ。
日が落ちてきたこともあって、結局途中にあった村で休ませてもらうことにした。
「うちの村には宿屋はないんでな」
申し訳なさそうに言うのは、60代くらいのこの村の村長さん。
普通旅人たちはこの村ではなく、手前にある大きい町に泊まってしまうそうだ。
確かに私たちもエクスデーロ公爵領に入る前、お昼を過ぎた頃に大きな町に入ったので、そこでご飯を食べてきた。
町の食堂では魔物の肉のステーキを出されたんだけど、私には筋張っていて噛み応えがなかなかな上に、量も多かった。皆、あれをペロリと食べてしまうのだから、凄い。
「つい先日、領都に住んでる息子夫婦に引き取られたばあさんの家が空いてるから、そこでよかったら使ってくれて構わない」
そう言って案内されたのは村の中心から少し離れた古い大きな空き家。食堂のテーブルはかなり大きくて、かつては大家族だったのがうかがえる。
おばあさんが一人で暮らすには、この家はちょっと広くて寂しかったかもしれない。
どうせ一泊するだけだし、ザックスたちが野営するよりも家の中で休んでもらったほうが安心なので、ありがたく借りることにした。
夕飯はどうしようかとマグノリアさんと話している所に、村長の奥さんが他の奥さんたちを連れて、夕飯に作ったからと、芋の煮物やキノコを焼いたものなどを盛った大皿を持って差し入れに来てくれた。
「あんたらも、あと三日早く来てたらねぇ」
テーブルに大皿を置きながら、残念そうに言う奥さん。
「何かあったんですか?」
別の奥さんから受け取った大皿の香ばしいキノコの匂いをかぎながら、村長の奥さんに聞いてみる。
「三日前に村で収穫祭があったんだよ。村の出身で冒険者になった若いのが、ちょうどビッグボアを狩ったからって、差し入れしてくれてねぇ」
「へぇ。この辺りにビッグボアが出るんですか」
冒険者でもあるザックスとマークは俄然、気になるようで、奥さんに興味津々で聞いてくる。
「でるよぉ。ほら、この家の裏がちょっとした森になってるからね。奥にいけば、フォレストボアあたりも出るかもしれないねぇ」
ほほほほ、と笑いながら奥さんは家から出て行った。
「……で、本当のところはどうですか」
ザックスは、芋の煮物に手を伸ばしていたエイデンに聞いてくる。
「ん? ボアは確かにいるが、小さいのばっかりだな。まぁ、俺がいるから魔物は来ないだろうがな。ん、この芋、旨いぞ」
エイデンの言葉に、護衛でもあるザックスとマークは、ホッとした顔になる。
私とマグノリアさんは、馬車の中のミニキッチンでスープを温めて家の中へと入る。今日のスープは、王都の高級宿でわけてもらった、お肉ゴロゴロスープだ。
他に『収納』しておいたパンとチーズを取り出して、皆でワイワイと楽しい夕飯を終えた。
明日は、いよいよエクスデーロ公爵領の領都に到着だ。