第754話 進め!街道旅
翌朝は日が昇る前に宿を出た。
王都に入るのもだけれど、王都から出る人の数も多いらしく、時間がかかることを考えて早めに出ることにしたのだ。
宿からは朝食にどうぞ、と手提げの大きめな籠に入ったパンとハムやチーズ、それに見たことがない果物を山盛りにしたものをいただいてしまった。
馬車の中では、ちびっ子たちは二度寝中。備え付けの簡易ベッドにかたまって寝ている。起きているのは私とマグノリアさんだけだ。
私は宿を出るときに見かけた『焔の剣』のリーダー、ドゴールさんのことを思い出す。
同じ宿にいたカスティロスさんが見送りに来ていたのは想定内ではあったけれど、わざわざ、こんな朝早くに来るとは思いもしなかった。
正確に言えば、私たちの見送りというよりも、マグノリアさんの見送りだったけれど。
マグノリアさんのほうがのほほんとしている半面、ドゴールさんが心配そうにしている様子に、ニヤニヤしながら見てしまった。
一方で、近くにいた彼女の息子のザックスは微妙そうな顔で見ていた。母親の恋愛事情など、息子からしたら色々な思いがあるんだろうなぁ、と思ってしまった。
窓の外はまだ薄暗く、人の少ない王都の道はスムーズに進む。
『よい旅を』
いつの間にか王都の門まで来ていたらしく、馬車の外から衛兵らしい若い男性の声が聞こえた。
街道に出てしばらくすると、朝日が窓から差し込んできた。
今日もよい天気になりそうである。
王都を出て1時間ほど。快調に進むうちの馬車。すでに小さな村を2つほど通り過ぎている。寝ていたちびっ子たちも起きだしたので、そろそろ朝食にしようということで、街道そばの空地に馬車を停めてもらうことにした。
「さてさて、宿からもらった朝食はどんなかな?」
テーブルに並ぶパンやチーズ、ハムに、皆が歓声をあげる。パンはキャサリンのところで食べたような白いパン。さすが高級宿だけのことはある。
私は私で、タブレットの『収納』から卵を取り出して、目玉焼きを焼いていく。いわゆるジ〇リ飯。これに外れはない。
皆が欲しそうな顔をするので、どんどん焼いていく。ちびっ子の面倒を見てくれていたマグノリアさんと途中交代して、私も食事をいただく。
見たことのない果物は、真っ赤な親指くらいの粒粒で覆われた拳大の果物。トウモロコシのように指先でポロリととれるそれは、取れたとたんに甘ったるい匂いが一気に漂った。これは車内で食べなくて正解だったかもしれない。
食べてみると、酸味と甘味が絶妙で、食べだしたら止まらない。これは、うちの山や村でも育てられないものなのか、気になるところだが、マグノリアさんたちも知らない果物だそうで、かなりの高級フルーツなのかもしれない。
大人組は、いつものインスタントのコーヒーを、ちびっ子たちは牛乳を飲んでのほほんとしている。
美味しい空気に、美味しい朝食。満足である。
* * * * *
王都の学園の門にて。
いつものようにキャサリンを出迎える王太子のアラン。
「やぁ、キャサリン、おはよう」
「アラン様、おはようございます」
ニコニコと、いつになくご機嫌なキャサリンに、アランも気分があがる。
「何かいいことでもあったのかい?」
二人は並んで校舎へと向かう。
仲睦まじい様子に、周囲の目も温かい。
「ええ! 昨日、サツキ様がいらしたんです!」
「サツキ? え? あの『神に愛されし者』が!?」
「シーッ!」
「す、すまん」
つい大きな声になってしまったアランに注意するキャサリン。
「フフフ、昨夜食事だけですが。エイデン様もご一緒にいらしたんです」
「なんと。きみの屋敷にまだいるのかい?」
「いえ、王都の宿に泊まるとおっしゃってましたが」
「クッ、おい、ディルク、すぐに調べろ」
「あ、アラン様」
「なんだい、キャサリン」
「サツキ様でしたら、もう王都を出られているかもしれません」
「なんだって!?」
「お祖父様のところに遊びに行く途中に寄られただけなのだそうで、すぐに王都も離れると言ってらっしゃいましたから」
「ああ……」
ガックリしたアランの背中を、クスクス笑いながら撫でるキャサリンであった。