第752話 王都の公爵家訪問
結局、カスティロスさんの知り合い(普通の人族)の服飾のお店を紹介してもらった私は、臙脂色のおとなしめのドレスを購入した。
短めの髪はなんとかまとめて、後ろにドレスと同じ色合いのリボンの髪飾りをつけて、マグノリアさんがなんとか誤魔化してくれた。
ちなみに、カスティロスさんは一番最初に出会った時と同じ、どこにでもいそうな凡庸な人の姿になっていた。『焔の剣』のエルフのセッティさんの場合は、認識阻害の魔道具を使って、顔や耳の印象を薄くしているらしい。
だったら熊獣人のマックスさんや虎獣人のキャシディさんはどうなのか、と思ったら、彼らは逆に立派な体格と実力で文句を言わせなくしたらしい。さすがである。
そして今の私は、キャサリンの実家であるエクスデーロ公爵家のだだっ広い応接室に案内されていて、大きなソファにエイデンと一緒に並んで座っている。
室内は、さすが公爵家というのか、上品で上等な家具や絨毯が使われていて、思わず、ほーと声をあげそうになった。
こんな場所で生活しているキャサリンにとって、うちの山での生活はとんでもなかったんじゃないか、と今更ながらに冷や汗が出る。
目の前にはニコニコ笑顔で座るキャサリンの他に、現エクスデーロ公爵と公爵夫人が座っている。こうして並んでみると、キャサリンは美人な母親の公爵夫人に似ているようだ。
学校の制服からスカイブルーのドレスに着替えたキャサリンは、すっかり少女から大人の女性への片鱗をみせている。
――こんな大袈裟にしたくはなかったんだけどなぁ。
そんなことを思っていると、目の前にティーカップや皿にのった焼き菓子らしきものが置かれる。
「王都まで、かなり時間がかかったのではないかね」
最初に話し始めたのは現公爵。彼と会うのは3年ぶりか。あの時は、キャサリンのために必死な様子だったのが印象に残っている。当時と違い、今は綺麗な格好をしているので、本当に貴族の偉い人なんだな、と思った。
「いえ、その」
古龍であるエイデンのことを聞いているのか、わからないで迷っていると。
「俺が飛んで運んできたから、そんなにかからなかったぞ」
空気を読まずに偉そうに答えたエイデン。現公爵は目をみはってエイデンに目を向ける。
「えーと、前公爵様からお話を聞いておりませんか?」
「お父様、私、ちゃんとお伝えしましたよね?」
私とキャサリンの言葉に、現公爵は目をパチクリする。
「……あれは、冗談ではなかったのか?」
「もう! お祖父様にいいつけますわよ!」
キャサリンがぷくりと頬を膨らませる。
「で、では本当に」
「フン、さすがに本来の姿で王都に来たら面倒なことが起こるのは、俺でもわかる」
「な、なるほど(そういえば王城を辞するときに第三騎士団の連中が疲れ果てて戻ってきていたが……その時にドラゴンと言っていたのは、この者のことか)」
「それよりもサツキ様、今回、どうして王都に?」
顔を引きつらせている公爵をよそに、キャサリンが目をキラキラさせながら聞いてくる。
「えーと、前公爵との約束を果たそうかと思って」
「お祖父様の約束?」
「うん、なんかエイデンと聖女の肖像画があるっていうので、それを見せて頂きにね」
「まぁ!」
「……エイデン殿の肖像画?」
公爵夫妻にはピンとこないようだ。
「とりあえず、王都の近くまで来たものだから、キャサリンに挨拶だけでもと思ったのだけれど」
「嬉しいですわ!」
ウフフ、と互いに見つめ合う私とキャサリン。
その間に公爵は背後にいた執事のような人に声をかけている。
「サツキ様、せっかく、来ていただいたのですから、ぜひ泊まっていって欲しいわ」
「あ、えーと、同行している人達もいるし、宿もとってもらっているのよ」
「まぁ、どちらのお宿に?」
公爵夫人が聞いてきたので、カスティロスさんが泊まっている高級宿の名前を出すと、なるほど、と納得された。
実はドレスを決めている間に、カスティロスさんが宿をとってくれていた。こうなることを予測していたのだろうか。
「でしたら、お食事だけでもご一緒したいわ」
「そうだな。エイデン殿、ぜひ、父とどんな話をしたのか、私もお聞きしたい」
身を乗り出して聞いてくる公爵に、前公爵の姿が重なる。
「……五月がいいなら」
「サツキ殿」
公爵からキランッと視線を向けられて、顔を引きつらせた私は頷くしかなかった。