第745話 野営の朝のひととき
寝慣れていない簡易ベッドだったせいか眠りが浅くて、朝日が上る前に目が覚めてしまった。
むくりと起き上がると、若干肌寒い気がしたので、タブレットの『収納』からストールを取り出して羽織る。
座席のベッドではマグノリアさんたちがまだ寝ているので、私はこっそりと馬車の後ろのドアを開けて外に出た。
「ん~!」
思い切り背伸びをしてから、周囲を見渡し、そして空を見上げる。まだ夜空を残しているからか、星のまたたきが見えた。
思ったよりも肌寒くて、パキパキと薪がはぜる音が聞こえたので、私は焚き火のあるほうへと向かう。
そこには、ザックスが一人、ぼーっとした顔で焚き火を見つめながら椅子に座っていた。
「おはよう?」
「ハッ!」
私の声にビクッと肩を震わせ、慌てて立ち上がろうとしたところ、私に気付いた。
「あ、お、おはようございます」
「お疲れ様。コーヒーは飲んだの?」
テーブルの上に置いてあったコーヒースティックに目を向けると、少し減っているようだ。
「は、はい。美味しかったです」
「それはよかった。エイデンは?」
「サツキ様たちが馬車に入られて少ししてから、少し離れるとおっしゃってどこかに行かれましたよ」
「ふーん」
どこに行ったのかわからないけれど、エイデンのことだ。そのうち戻ってくるだろう、と、私はタブレットの『収納』から、お湯の入った水筒と緑茶のティーバッグの箱を取り出した。大箱で買ったものだけど、意外に飲んでて、すでに半分くらいまで減っている。
「それはなんですか?」
「これはお茶の葉が入ってるの。ザックスは飲んだことなかったっけ?」
「サツキ様のお茶は飲んだことはありますけど、こういう袋に入ってるのは、初めてみました」
「あ、そっかー。ザックスも飲む?」
「はい」
いつもは大きなティーポットに入れたままの状態で、お茶を出してたから、ティーバッグそのものを見たことがなかったかもしれない。
それぞれのマグカップにティーバッグをいれてお湯を注ぐと、白い湯気が立ち昇る。
取り出したティーバッグを、ティーバッグトレイ代わりの小皿に置いてから、マグカップをザックスに渡す。
フーフーと息を吹きかけてから、お茶を飲む。
「はぁ。あったまる~」
「……美味い」
ほお、と吐き出す息は白い。
私もザックスも、皆が起きだしてくるまで無言のまま、ジーッと焚き火を見つめ続けた。
* * * * *
その頃エイデンはというと、古龍の姿でのんびりと朝焼けの前の夜の空を、東のほう、獣王国の国境へ向かうように飛んでいた。
――しつこいな……しかし、ここまで来れば、もういいか。
チラリと下を見下ろすと、数頭の馬とそれに騎乗している騎士の姿が見える。彼らは勇敢にも……いや、愚かにも、エイデンの後を追いかけて来ているのだ。
以前のエイデンであれば、鼻息一つで消し飛ばしていただろうから、随分と穏やかになったものである。
そのエイデン、王都から彼らが向かっていることを、早い段階で気付いていた。
最初はそのまま街道を走っていくようなら気にもしなかったのだが、街道を逸れて馬車がある林のほうへと向かってきた。
五月達の馬車の周囲は結界を張ってあるので、すぐに接触するようなことはないものの、その場に居座られるのは面倒だと思ったエイデン。
ザックスたちに後は頼んで、上空へと古龍の姿で飛び立てば、馬たちは驚きで前足をあげて嘶き、騎士たちは慌てている。
エイデンは彼らを誘うようにつかず離れず、ゆっくりと飛んで、獣王国の国境のほうへと誘い出した。
――さて、戻るか。
エイデンは思い切り急上昇してから、人の姿に変わった。さすがに、地上からでは視認できない大きさだ。
――朝ごはんはなんだろうな。
フンフンと鼻歌を歌いながら、上機嫌で上空を飛んで行くエイデンなのであった。
騎士と馬、意外にタフだった……