第744話 王都の近くで野営する(2)
夕飯はマグノリアさんとフェリシアちゃんが作ってくれたミルクスープに、黒パンだ。
ミルクスープは、村で持たされた根菜類とマカレナたちがいつも運んでくれている牛乳、お肉はダンジョン産のワイルドコッコが入っている。
「美味しいなぁ」
人様に作ってもらう料理というだけで、ひと味違う気がする。しみじみ言いながら、木の皿いっぱいのスープをスプーンですくう。
野営という場所と、焚き火を前にしながらの食事というシチュエーションもあるのかもしれない。
食後のデザートは、ノワールたちが林の中で採ってきたベリーっぽい果物だ。小指の先ほどの小さい赤い実は、予想してたよりも甘くて驚いた。ノワールたちが指先や口の周りを真っ赤にするくらい食べていて、ちょっと笑ってしまった。
夜間の見張りはエイデンとザックスとマークがやってくれるというし、ダメ押しにエイデンの結界もあるからと言われ、素直に任せて、私たちは馬車の中で寝ることに。
簡易ベッドは私が使わせてもらい、マグノリアさんとフェリシアちゃんは座席をベッド代わりにすることに。実は、座席が変形して寝られるようになるのだ。
ではノワールたちは、となるんだけれど、彼らは馬車の上で寝るらしい。
「大丈夫なの?」
馬車に入る前に声をかけると、子羊セバスが「メェェェ」と返事をして……元の大きさに戻った……いや、元よりも大きいかもしれない。
「わー、モフモフー!」
フェリシアちゃんがセバスに抱き着くと、モフモフの中に埋もれる。思わず、毛を刈ったらどんだけ細身になるんだろう、と想像して吹き出しそうになった。
そして大きなセバス、ぴょーんと飛んだかと思ったら、音もなく馬車の上に乗っていた。馬車の上の半分はセバスになっている。そこにいつの間に上ったのか、ノワールとマリンが背中を預けている姿を見て、ちょっとだけ羨ましいと思ってしまった。
「じゃあ、後はお願いね。あ、コーヒーはテーブルの上に置いてあるから」
私がスティック状のコーヒー(実際は甘いカフェオレなのだが)を瓶の中に数本入れておいたのを指さすと、すでに飲みなれているザックスたちは嬉しそうな顔をして頷いた。
「おやすみなさーい」
私の声に、皆がそれぞれ返事を返してくる。
初めての旅の1日目は、途中イラっとすることはあったものの、なんとか無事に済みそうだ。
馬車に入り簡易ベッドに横になると、すぐに瞼が落ちてきた私であった。
* * * * *
五月たちがのんびりと食事を始めようとしていた頃のこと。
王都から騎士を乗せた馬に、小さな馬車が一台走り出てきた。月明かりに照らされて、鎧がキラキラと煌めいている。
「ゴディネス殿、本当にそんなものがいるんですか」
馬車の脇を並走する馬に乗る騎士は、王都を防衛を目的とした第三騎士団の団長のマルティン・バーダー。彼は、訝し気に声をかける。
馬車の中で厳しい顔をしている中年の男は、魔法師団の副団長のアニバル・ゴディネスだ。
「帝国で散々噂になっていたのを、あなたも知っているでしょう。それが我が国に来ないという確証はありません」
「はぁ……ドラゴンねぇ」
「我々のところで強力な魔力を感知したのもそうですし、貴方のところも上空に巨大な影が飛んでいたという報告があったから、団長である貴方が出てきたのでしょう」
「いや、そうですがねぇ(それにしたって、ドラゴンなんて、物語に出てくるようなものだろうに)」
マルティン・バーダーは、呆れたようなため息をつきながらも、月明かりの中、馬を走らせ続けた。