第743話 王都の近くで野営する(1)
さすがに巨大な古龍が王都近くに下りるのはまずかろう、ということで、街道からも少し離れた場所に下ろしてもらった。
今夜は雲一つない夜空。月明かりが明るいおかげで周囲がよくわかったので、ちょっとした林の中に、ぽっかりと広がっている土地があるのを見つけられたのだ。
「この辺りは人も魔物もおらんだろう」
人の姿に戻ったエイデンが、馬車から降りてきた私に手を差し出しながら教えてくれた。
「ん~!」
比較的大きな馬車ではあるものの、やはり外に出ると伸びをしたくなる。
上空から見えた王都は、あちらの都会を見慣れている私としては、ちょっと薄暗い感じだった。ケイドンの街の夜を知らないので、こちらの文化レベルでの明るさと比較のしようがない。
――うちの村は、めっちゃ明るいけど。
ギャジー翁たち作の街灯が、村を明るくしてくれているから。これは、レベルが違い過ぎて、比較してはいけないだろう。
月明かりのせいで、古龍のエイデンの姿が誰かに見られていないか心配だったけれど、すでにこのくらいの時間帯では街道を通る者は、ほとんどいなかったそうだ。
王都の門もすでに閉まっている時間でもあるらしい。
「まぁ、もしも何者かが来ても、俺の結界は破れはせんからな」
ニヤリと笑うエイデンに、私も苦笑い。
馬車から降りてきたザックスとマークは、すぐに焚き火の準備をし始め、ノワールとマリン、セバスは林の中へと飛び出して行ってしまった。その後をエイデンがゆっくりと追いかけていく。
マグノリアさんとフェリシアちゃんは、馬車の中のミニキッチンで食事の準備をし始めたようだ。
「こうしてはいられない。私も用意してきたのがあるんだった」
タブレットの『収納』から取り出したのは、組み立て式のテーブルや、椅子。ドワーフのエトムントさんと、同じくドワーフのヘンリックさんのところに通っている、獣人のオースくんの合作だ。
そして、ギャジー翁からプレゼントされた魔道具のランタンに明かりをつける。貰ってすぐに点けた時は、ピカーッと明るすぎたから、ほどよい明るさに調整済みだ。
テーブルの上にランタンを置くと、今度はテントを取り出す。少し前に、あちらで買ってきた大型のワンポールテントだ。自分用には買う気にはならなかったけど、いつかみんなで遠出した時にでもと思って、買っておいたやつ。
さすがに全員が馬車の中で寝られるほどは広くはないので、今回、これはザックスとマーク、それにエイデンにも使ってもらう予定だ。
「ザックス、マーク、お願いできる?」
「はいっ!」
「今、行きますっ」
私も初めて使うので、説明書を見ながらやっているうちに、なんとか設営することが出来た。思っていたよりも大きくて、三人で使っても余裕がありそうだ。
レジャーシートを敷いたけれど、ちょっと地面がゴツゴツしてる。これでは横になっても、身体のほうが痛いだろう。
何かないかと、タブレットの『収納』のリストを確認していく。
「あ、あった。これ、これ」
取り出したのは、焦げ茶色の大きな毛皮。ビッグレーンディアという鹿の魔物の毛皮だ。前にエイデンから北のほうに出かけたときのお土産として渡されたもので、お肉はそこそこ美味しかったと記憶している。
毛皮の肌ざわりがよかったのでとっておいたのを忘れていた。
「エイデンから貰ったビッグレーンディアの毛皮よ。これだったら、だいぶマシでしょ」
「え、こ、こんな上等なのを」
「いいの、いいの。サイズもちょうどいい感じじゃない」
「え、いや、その」
「じゃーねー」
私は困惑している二人を残して、マグノリアさんたちを手伝いに馬車の中へと戻った。
* * * * *
レジャーシートの上に敷かれたビッグレーンディアの毛皮を撫でながら、ザックスはため息をつく。
「サツキ様って、時々、心臓に悪いことするよな」
マークは苦笑いを浮かべながら、馬車に乗り込んでいく五月を目で追う。
「まぁ、サツキ様だし」
「はぁ」
このビッグレーンディア、北方に生息する魔物でなかなか狩るのが難しいと言われている。王侯貴族が手に入れたい毛皮の一つとして垂涎の的で、冒険者ギルドの高ランク依頼でもあるのだ。
「いいのかなぁ」
「いいんじゃね? それにエイデン様も使うかもだし」
「そうか。俺たちは端の方を使わせてもらうと思えばいいか」
「そうそう」
そうザックスに言いながらも、自分にも言い聞かせているマークなのであった。