第741話 エイデン、強し(当然)
真っ黒の皮鎧を着て降り立ったエイデン。怒りに満ちた顔は、イケメンパワーのせいもあってか、迫力満点。私も、ちょっとだけ、ビビった。
そのエイデンの背後に、黒い靄のようなモノがメラメラと燃えるように浮かんで見えるのは、気のせいだろうか。
「もう一度言う。お前たち、何をしている」
エイデンの言葉に威圧されたのか、私に手を伸ばそうとした男は、ガクガクと震えだし、ナリーキンはカクンッと地面にしゃがみ込んで……ついには倒れこんだ。
――あ、漏らしてる。
ナリーキンの倒れたあたりの地面がじわりと黒く変わり、異臭を感じて、顔をしかめる私。
ザックスとマークに目を向けると、彼らに手を出していた男たちも震えだしていて、そこからザックスたちは逃げ出せたようだ。二人とも慌てたように、私のそばへと駆け寄ってきた。
エイデンは、いつの間にか、私たちの前に守るように立っていた。
「五月、大丈夫か」
「え、あ、うん」
「ザックス、マーク」
「は、はいっ。すみません、俺たち」
「……戻ったら、訓練だ」
「は、はいっ!(やった!)」
「……はい(これ、確実に俺たち死ぬやつ……)」
ザックスは嬉しそうに、マークはどこかゲッソリしたような顔で返事をしている。
その間、護衛たちは身動きもしない。いや、できないというのが正しいのかもしれない。
「用がないなら、去れ」
エイデンの怒りを抑えながらの声に、弾かれたように動いたのは護衛たち。
「す、すまんっ!」
「申し訳なかった!」
「ナ、ナリーキンさんっ!」
地面に倒れこんでいたナリーキンは泡を吹いていて、護衛の一人が襟首掴んで、引きずって行った。
「フンッ、弱いくせに絡んでくるとは、片腹痛いわ(殺してもよかったが、五月の前だしな)」
「……いや、エイデンにかかったら、誰もが弱いと思うよ」
私の言葉に、大きく頷くザックスたちに、自慢げに笑みを浮かべるエイデン。
「それにしても、ノワールたちは何をしているのだ」
「あ、うーん、中でトランプやってる」
「なんだと。ノワールっ!」
『へ、は、はい~』
馬車の中から、ノワールの返事が聞こえる。ガラリとドアを開けて顔をのぞかせるノワールは、明らかに失敗した、という顔だ。
「なんのために、馬車に乗っていたのだ!」
「あう、ご、ごめんなさいっ」
「……それに、いつまで子供の姿でおるのだ。マリンも! もう戻れるであろうにっ!」
「え」
思わず、ノワールのほうを見ると、スルスルと馬車のドアが閉まっていくのが見えた。
* * * * *
ナリーキンを引きずり、自分たちの馬車のほうへと戻る護衛たち。
「なんなんだ、あの男」
「空から落ちてきたよな」
「ていうか、あの威圧感、本当に人か!?」
ボソボソと声を抑えながら話す彼らに、馬車のほうで待っていた他の者たちが不審そうに見てくる。
「どうした」
「ヤバい、ヤバいよ」
「ナリーキン様!?」
「あちらに話を聞きに行ったんじゃ」
ナリーキンの部下たちが慌てて駆け寄ってくる。
「ナリーキンさんが、あちらを怒らせた」
「怒らせた……それでも、あんたたちがいれば」
「そういうレベルの相手じゃないっ」
「もう暗いから、馬車は動かせないが、明日は早めに移動したほうがいい」
「そ、そんなにですか」
馬車のそばにいた見習いの少年が、護衛たちの強張った顔を見て、五月たちの馬車のほうに目を向ける。
――護衛も若い人が一人の、たった一台の馬車だったのに。
少年は頭を傾げつつも、ナリーキンを運んでいく先輩の後を追って行った。
* * * * *
『なんだよー。エイデン、ぬるいなぁ』
『なにいってるの。さつきがいるからでしょう?』
『かぜのが、うわさをひろってきたよ~』
『みならいのこについてた~』
『あのおとこがいってたしょうかいは、ちゅうけんどころ?』
『えらそうだけど、えらくないって』
ふわふわと飛び交う精霊たちは、ガーツリ商会の馬車の周りを取り囲んでいる。
『だったら、つぶしちゃう?』
『つぶしちゃう?』
『ん~、あのみならいのおとこのこもいるから~、ほどほど?』
『つまんなーい』
精霊たちの物騒な話は、まだまだ続く……。