第740話 これを世の中ではテンプレという?
馬車から下りた私の目の前には、ザックスを押しのけてでっぷりとした中年男性が立っている。ちなみに、ザックスは獣人たちと比べたら小柄だけど、この男性よりは背が高い。むしろ、この男性が私と視線の高さが一緒くらいなのを考えると、だいぶ小柄だろう。
身に付けている物は、それなりに上等そうには見えるが、貴族という感じではない。
一方の私は、いつもと変わらないラフな格好。今日はオレンジ系のチェックのシャツにジーパン。薄化粧はしているけど、こちら基準だと、スッピンと変わらない。
こちらの人族の感覚でいうと男性と視間違えられるパターンだけど、一応、胸があるのはわかったのだろう。初めは対等な感じで声をかけてきたのに、私が女だとわかったとたん、ジロジロと私の格好を確認するように見てから、見下すような感じの視線に変わる。
私の嫌な予感は当たったようだ。
――えー。
凄くガッカリな気分だ。
「んんっ、私は王都のガーツリ商会のナリーキンというが、お前の主人は中か?」
「は?」
ナリーキンは、馬車から下りてきていた私を使用人か何かと勘違いしたらしい。
確かに、格好はラフだから、そう思われても仕方がないかもしれないけど、こうも態度が変わるものだろうか。
「あの馬のことを聞きたいんだが、御者が教えてくれないものでな。主人に確認しろと言ったんだが(まったく、女のくせに、なんていう格好をしてるんだ)」
最後は小声でブツブツ言ってたけど、絶対、悪口に違いない。
「あなたに、教えるいわれはないと思うんですけど」
……つい、カチンときてしまった。
どうも、最近の私は沸点が低いようだ。据えた目でジロリと睨みつける。
「なんだと」
「人に教えを乞う態度じゃないって言ってるんです。まぁ、聞かれても教えないし、あなた程度の商会で買えるような物でもないと思いますけど」
実際、いくらするものかは知らない。
エルフのギャジー翁の渾身の魔道具が、こんなオッサンの商会で買えるわけがない(根拠はない)。
「小娘のくせに生意気なっ!」
ナリーキンが声を荒げて、身を乗り出してくる。
――小娘っていう年齢でもないんだけど。うわ、唾、飛ばさないでよ。
ついつい、顔を顰める。
「おい、おっさん、いい加減にしろよ」
さすがのザックスも苛立たしそうにそう声をかけて、ナリーキンの肩に手をやる。『オッサン』は共通認識だったらしい。
「触るなっ」
「ナリーキンさん、どうしましたか」
オッサンの護衛らしき男たちが、彼の馬車のほうから数人やってくるのが見えた。
二十代から三十代くらいの男たちの様子からはまともそうに見えるけど、万が一、相手が襲ってきたら、ザックスとマークでは厳しいかもしれない。
「おい、こいつらを抑えとけ」
「ちょっと、ナリーキンさん、いきなりなんすか」
「私の交渉を邪魔するんだ。私が話をする間だけだ」
「へいへい。ちょっと、お前ら、悪いな」
困ったような顔の護衛たちだけれど、雇い主には逆らえないようだ。
ザックスはあっさり抑えられ、悔しそう。マークは、御者台から下りないようにと、別の護衛らしき人が剣を向けている。
そして私の方へと護衛の男が手を伸ばそうとした時。
ズドンッ
勢いよく何かが落ちてきて、周囲を土煙が舞う。
「……お前たち、何をしている」
凄く不機嫌そうなエイデン登場である。