第739話 馬車は街道をひた走る
ケイドンの街を出て、二つほど小さな村を通り過ぎた頃には日が落ちてきた。思っていた以上にスムーズだ。
魔物が来ないのは馬車の魔物除けとエイデンのおかげだと思うけど、盗賊の類と遭遇しなかったのにはホッとした。散々脅されてたから、しょっちゅう遭遇するもんだと思ってたのだ。
さすがに盗賊の出没情報があれば、ザックスたちだって警戒もするだろうけど、二人からは何も聞いてないし、そうそう襲われるようなことはないのだろう。
ゴーレムの馬であれば、このまま走り続けても支障はないだろうけど、御者をしているザックスとマークは疲れただろう。
馬車の窓を開ける。ガタガタと馬車が走る音にかき消されないように、大きな声で二人に声をかける。
「そろそろ、どこかで野営したほうがいいんじゃない?」
「あ、はい!」
「少し先に、明かりが見えるので、あのあたりが休憩できる場所だと思います」
マークの言葉に視線を前に向けると、確かに夕闇の中にぼんやりと明るい場所があるのが見えた。
意外に元気な二人だったけれど、まだまだ先がある。若いとはいえ、休めるときには休んでもらうほうがいい。
しばらくすると、馬車のスピードが落ちてきた。そろそろ休憩場所に着くのだろう。
寝ていたちびっ子たちは、すでに起きて私が持ってきていたトランプで遊んでいる。数字はわからなくても、マークの数でわかるのだとか。
三人はカードを手にしているけれど、子羊セバスはカードを宙に浮かせている。どうもババ抜きをしているようだ。
「そろそろ、休憩場所だよ」
「はーい」
「んー」
「もうちょっと」
「メェェェ」
素直に返事をしたのはフェリシアちゃんだけで、残りの二人と一匹はカードから目を離さない。
――騒がれるよりはマシか。
私はクスリと笑って、窓のカーテンを開けて外へと目を向ける。すでに外は真っ暗だ。
人の騒めきが微かに聞こえるようなので、多くの先客がいるようだ。
馬車はゆっくりと止まり、少しするとドアのとこに来たザックスが身振りでドアを開けていいかと聞いてきた。私が頷くと引き戸のドアがゆっくりと開く。
ドアごしに聞こえていた以上に賑やかな声が聞こえてきた。
「サツキ様、すみません。どうも行商人の集団が先に着いていたみたいで」
「うん? しょうがないよね」
「はい、ただ、その、このゴーレムの馬に興味を持たれてしまって……」
「おお、貴方がこの馬車の持ち主か!」
いきなり中年の男性が大きな声で話しかけてきた。
目を向けると、小柄で少しでっぷりとした、顎鬚を生やした中年男性が歩いてきている。
――あ、なんか嫌な予感。
思わず、顔を顰めそうになるのを、なんとか抑えた私であった。
* * * * *
まだ日もあって、五月の馬車が街道を走っていた時。
同じ方向に進む馬車がいれば、街道をそれて追い越し、向かい側からくれば少しスピードを落とす。
「……なぁ、俺たち、御者台にいる意味、あるか?」
マークが手持ちの武器を磨きながら隣に座るザックスに声をかける。
「無人で走ってる馬車のほうがヤバいだろう」
「あー、まぁ、そうだけどよ」
「それに、万が一、魔物とか盗賊とか出ることもあるかもじゃねーか」
「……でるかな」
「……エイデン様、いるしなぁ」
二人はフッと上空を見上げる。
黒い点がくるりくるりと動いているのが見える。
「ないだろうなぁ」
「ないだろうなぁ」
同じタイミングで呟いた二人は目を合わせると、プッと噴き出した。
* * * * *
同じく、五月の馬車が街道を走っていた時。
魔物たちは馬車の魔物除けと、上空からのエイデンの存在に、馬車からできるだけ離れようと動いていた。
その一方、この辺りを中心に出没していた盗賊は、エイデンの存在など感じ取れるわけもない。
街道から少し離れた林の中にある高台から、五月の馬車が一台だけ走っているのを見つけた。ちょうど向かいからも数台の馬車が来ていたせいで、スピードを落としていたせいもある。
少人数の盗賊たちから見たら、護衛のたくさんついている数台の馬車よりも、一台で高級そうな五月の馬車のほうが狙い目に見えた。
「よし、行くぞ!」
「おう!」
高台から林を抜け、自分たちの馬に乗り、五月の馬車を追いかけようとした時。
GUGYAAA!
UOooooo!
ちょうど、エイデンの存在に逃げてきた魔物たちが彼らに向かって走ってきた。
恐怖に混乱気味の魔物たちには盗賊たちは見えていない。ただひたすら、逃げようとしているだけなのだが。
「はっ!? ワイルドドッグ!」
「え、ゴブリン?!」
「なんだって、こんなに群れてんだよ!」
「くそっ! 逃げろっ!」
盗賊たちは五月の馬車どころではなく、大慌てで魔物から逃げていく。
『ばっかだよねぇ』
『また、ああいうのいるのかな』
『プププ、みつけたら、まものをけしかけてやろうよ』
『そうしよう~』
……エイデンだけではなく、精霊たちも、ちょっと悪戯していた模様である。