第735話 旅行の準備は楽しい(1)
ドドンとログハウスの前に停まっているのは、ギャジー翁が作ってくれた馬車だ。
ついつい乗り慣れている軽トラやスーパーカブで移動してしまうので、ほぼ出番がない馬車なのだけれど、今回、エクスデーロ公爵領に向かうにあたって、キャンピングカーのように使える馬車を選ばないのはもったいない。
以前、エクスデーロ公爵がキャサリンを迎えに来た時に聞いた時は、普通の馬車なら、王都から一カ月程度かかると言っていた。
念のため、ピエランジェロ司祭にも確認してみたところ、ケイドンの街から乗合馬車で1カ月ほどかかるらしい。たぶん、公爵が言っていたのは、これのことだろう。
なんでそんなに、と思ったら、夜間は移動しないし、護衛がついて歩く(そう、歩くのだ!)と、それくらいになるのだとか。
当時、公爵たちが王都から1週間くらいでやってきたのを思い出すと、どれだけ高性能な馬車だったのか、どれだけ急いで馬車を走らせたのか、と改めて思う。
ちなみに、エイデンによると、古龍の姿で全力で飛べば一日で着く距離だとか。
どんだけ全力なのよ、とツッコミたい。
「荷物は、ほぼ積み込んだかな」
昨日のうちに、あちらでの買い出しもしてきたし、移動の間の食事の準備もしておいた。食事の準備と言っても、大量のおにぎりと、大鍋の豚汁くらいだけど。あとは、業務用のロールパンの大袋も大量買いしてある。
途中、村や街に立ち寄ることもあると思うし、そこでの食事もあるかもしれないけど、何があってもいいように準備はしておくにこしたことはない。
「五月~!」
相変わらず、子供の姿のノワールが手にしているのは、彼専用のブランケットだ。
マリンは大きなクッションを抱え、セバスは自分用の餌の皿(正しくはステンレス製の大きなボウル)を咥えている。
今回はノワールもマリンも行くと言いだした上に、セバスも当然のように二人の背後に立って主張してきたのだ。すっかりもこもこの毛に包まれて大きくなっているセバス。ちびっ子二人よりも大きくなってしまっているから、迫力が増している。
エイデンに頼んで説得させようとしたのに、そのエイデンから「いいんじゃないか?」と言ったものだから、二人と一匹は自分の荷物を手にして私のところにやってきている。
「あー、はいはい。それ持って中に入って」
「やったー!」
「うふふ」
「ぶぅぅぅぅ」
「セバス、やっぱりあんたは無理じゃない?」
「ぶ?」
「だって、あんたの身体じゃ、馬車に乗れないでしょ」
もこもこすぎるセバスの横幅は、馬車のドアにはギリギリサイズ。乗れても、凄く邪魔になりそうだ。
私がそう言うとショックを受けたのか、コロンと音をたてて餌の皿を落とす。
「セバスも子供の姿になるか、もうちょっと小さくなるとかできればいいんだけどねぇ」
「……めぇぇぇ」
「え、何?」
「めぇぇぇ!」
「うおっ!?」
いきなり大きな鳴き声をあげたかと思ったら、ピカッと光って周囲が真っ白に。
「な、何が起きてるの」
眩しくて目を閉じていた私だったけれど、ゆっくりと目を開けると、目の前には……子羊サイズになったセバスがいた。先ほどまでの巨体に比べたら、可愛いといえば可愛いサイズ。たぶん、ノワールたちでも抱きかかえられるだろう。
そこは子供の姿になるんじゃないのか、と内心思ったが、目の前のセバスの自信満々の顔つきには、まったく可愛げはない。
ついつい、苦笑いを浮かべてしまう私であった。