第732話 お誘いのお手紙が届いた
若者たちは孤児院の子たちと、筆記や計算の復習のために、寺子屋に通ってもらっている。
村の中に入った最初は、獣人たちに驚いたり、怖がったりしていたけれど、それもすぐに慣れた。孤児院の子供やテオ、マルたちのおかげだと思う。
ピエランジェロ司祭の許可がおりたら、さっそく仕事を頼もうと思っている。
さて、私の方はというと、今、東屋で椅子に座りながら立派な封筒を手にして、ちょっと考え込んでいる。
届いたのは今日のお昼頃。
また誰かが届けに来たのかと思ったら、そういう感じではないらしい。
村からは、テオとマルが届けにやってきてくれた。教会宛に手紙が届いて、その中にこの立派な封筒も入っていたそうだ。
「……うねうね過ぎて、私には読めないわ」
封筒に書かれている文字は、私にはただのうねうねした線にしか見えない。
私もこちらの簡単な単語(山、川、肉のようなもの)は読めるようになったものの、長文はタブレットの『翻訳』がないと、まったくわからない。特に、達筆と思われる筆記体のような文字になったら、さっぱりだ。
しかし、私のところにこんな立派な手紙を送ってくるのは、エクスデーロ公爵関連しかない。
前にキャサリンから届いた手紙とは筆跡が違う(キャサリンのは線が柔らかかった)ので、彼女のものではないと思われる。
そうなると思い浮かぶのは、前公爵しかいない。
私と一緒に東屋のテーブルの向かい側に座るテオとマル。
ハチミツをたっぷりいれた甘いホットミルクをマグカップに入れて渡せば、嬉しそうに飲んでいたのだが、私の様子に気付いたのか、テオが「よまないの?」聞いてくる。
口にはミルクの白いヒゲができている。
「よんであげようか?」
マルには読んであげようか、なんて言われる始末。
私は苦笑いしながら「大丈夫だよ」と答えて、封を開ける。やはり、中身も達筆。タブレットで『翻訳』しながら読むことにする。
「……なるほど?」
時候の挨拶から始まり、夏に村で世話になったことの感謝の言葉、それに色々な言い回しを使って書いている内容は、要約すると『遊びに来い』ってことだろう。
前に言ってたエクスデーロ公爵家の家宝の肖像画を見に来てほしいようだ。
肖像画は王都の公爵家ではなくて、公爵領のお屋敷のほうにあるらしい。
「……公爵領の場所がわからないんだけど」
タブレットの『地図』には、そこまで細かい表示はない。大きな街くらいは書いてあるようなので、ピエランジェロ司祭に聞けばわかるかもしれない。
「いや、でもなぁ。前の話しぶりから、けっこう遠そうだった気がするんだけど」
「う? サツキさま、どこかおでかけ?」
「どっかいくの?」
二人に興味津々の顔で見つめられる。
――くっ! 大きくなってきてるけど、やっぱり可愛いな。
思わず、ぐりぐりっと頭を撫でてあげると、二人とも、ムフーという満足そうな顔になる。
しかし、行くにしてもエイデンも一緒でないとダメだろう。前公爵も、私というよりもエイデン目的だと思うのだ。
その肝心のエイデンは、若者たちと一緒に出かけている。しばらく戻ってきていないけれど、いつになったら帰ってくるのだろうか。
「エイデンが戻ってきたら、ちょっとおでかけするかな」
「そうなんだ」
「……いっぱい、いない?」
「うん?」
マルが少し寂しそうに聞いてくる。
「ガズゥもいないから……サツキさまもいないのはさびしい」
「うっ!」
しょぼんとした顔のマルに、つられたテオも八の字眉になっている。
思わず胸が痛くなった私なのであった。