第729話 異世界だって世知辛い(1)
ママ軍団は赤ん坊の世話をやいていたので、私が代わりに玄関のドアを開けた。
「あら、司祭様」
「おお、ちょうどよかった」
玄関先にはピエランジェロ司祭が立っていた。
「どうかしました?」
「いや、実はサツキ様にご相談したいことがありまして」
「えーと」
「ギャァァァァ」
「うにゃぁぁぁ」
「ひぃぃぃ」
突然、背後から赤ん坊たちの盛大な泣き声が聞こえてきた。
後ろを見ると、お互いの尻尾や耳を引っ張り合っていたらしい。
「……中でという訳にもいかなそうですね」
苦笑いを浮かべると、ピエランジェロ司祭も同じような顔をしている。
「よろしければ、教会のほうでどうでしょう」
「……もしかして、今いらしてるというお客さん絡みですか?」
わざわざハノエさんの家まで来るくらいだ。その上、教会で、なんて話が長いことになりそうなのは、キャサリン関係の時に経験済み。
面倒なことなんじゃないか、と想像してしまう。
「はい。申し訳ございません」
眉が八の字になって、本当に申し訳なさそうな顔のピエランジェロ司祭。
仕方がないので、一緒に教会のほうへと向かいながら、簡単に話を聞く。
今、教会に来ているのは、ケイドンの街の人でゲイリーさんなのはルルーから聞いている。そのゲイリーさんはちょっとした農場を持っていて、孤児院出身の若者を雇ってくれているのだそうだ。
孤児院出身の子供たちは、いい仕事に恵まれないことが多い中、ゲイリーさんのところではよくしてもらっているらしい。ちなみに、ゲイリーさんのところには3人の若者がお世話になっているらしい。
そのゲイリーさんからは、その若者たちのことで相談を受けているのだという。
教会に着いて応接室へと入ると、老人が一人、暗い顔で座っていた。一度だけしか会ってないので、こんな人だったっけ? とちょっと思う。
「待たせたな、ゲイリー」
「ああ、申し訳ありません」
慌てて立ち上がり、頭を下げるゲイリーさん。
「こちらが、村の代表をされているサツキ様だ」
「どうも」
「こ、こんなお若い方がですか」
「若いだなんて。ありがとうございます」
戸惑うゲイリーさんに対して、すでに三十過ぎてますけどね、と心の中で呟きつつ、にっこり笑って席につく。それと同時に、レキシーさんがお茶をいれて持ってきてくれたので、ありがたくいただく。
「さて、ピエランジェロ司祭様から、若者たちのことで相談があると聞いたんですが」
「あ、はい……」
最初のうちは、どう話すべきか考えているようだったけれど、ピエランジェロ司祭から促されて、心を決めたのか、訥々と話を始めたゲイリーさん。
結論だけ言うと、農場にいる孤児院出身の若者たちを、うちの村で雇ってもらえないか、とのこと。
今まで問題なかったと聞いていたのに、何があったのかと思ったら。
「この前の大雨で、息子の嫁の実家の農場が、壊滅状態になってしまってなぁ」
ゲイリーさんのところはなんとか大丈夫だったそうなのだけれど、隣の領にあるというお嫁さんの実家のほうが被害が出たらしい。
なんとかしようと頑張っているようなのだけれど、その間、雇っていた者たちの面倒を見る余裕がないらしく、お嫁さんがゲイリーさんの農場で受け入れると言ってしまったらしい。
実際はゲイリーさんのところだって、新しく雇い入れるほどの余裕はない。
「いやぁ……、あの嫁はあたりがキツクてなぁ」
ゲイリーさんの奥さんがすでに亡くなっているせいもあって、かなり強気らしい。
げんなりしたような顔のゲイリーさんが、大きなため息をつく。