第722話 ギャジー翁の付き人、ヴィッツ
炭酸水の湧き水の階段を下りきった。
まだ午前中だというのに、一仕事終えた感が半端ない。
一方でちびっ子たちは元気そのもの。二人と一匹が追いかけっこに勤しんでいる姿に、少しだけ羨ましいと思ってしまう。
足元に目を向ける。今回のメンテナンスで、背の高い草は刈ってくれているようだけど、村人たちが使う頻度は多くはないので、すぐに草が生えてくるのは目に見えている。
タブレットを出して、『ヒロゲルクン』をたちあげる。
「『整地』するから、山のほうに寄ってくれる~?」
「はーい」
「逃げろ~」
「メェェェ」
キャッキャと楽しそうな彼らをよそに、私は画面に指をのせ、足元から少しずつ『整地』を指定していく。
トトトトンと目の前の地面が変わっていくのは、何度見ても気持ちいい。
綺麗になった地面にちびっ子たちが駆け下りてくる。地面には彼らの足跡が微かに残る。ちょっと太り気味のセバスの足跡だけがめり込んでいる。
――あとは、やっぱりアスファルトだよねぇ。
雨が降って、道がぬかるんだ状態で人が通ることになったら、確実にぐちゃぐちゃになる。早めに戻って、温泉のところにあるルーアル石をとってこよう。
『整地』を終えた私は、そろそろ村に戻るつもりで拠点に行ってみると、なんと馬のゴーレム(茶色バージョン)とギャジー翁の付き人のヴィッツさんが一人でやってきていた。
ガイシャさんたち獣人は、馬のゴーレムをしげしげと見ているし、テオにいたっては、ゴーレムに満足げな顔で乗っている。
「ど、どうしたんですか」
「ああ、いらっしゃった」
ヴィッツさんが、私の顔を見て、ホッとした顔になる。
「え、村で何かありました?」
思わず心配でそう聞くと、ヴィッツさんは「いえいえいえ」と慌てたように手を振り、背中に背負っていたリュックから、布に包まれた、彼の掌よりも少し大きい長方形の形をしたものを取り出した。厚さはそれほどなく、文庫本くらいの厚さといえばいいだろうか。
布の中からは箱が現れた。黒っぽいけれど木目のような柄が浮かんでいるので、木なのだろう。上と下にエメラルドグリーンの魔石が嵌め込まれているようだ。
手渡された箱を一通り見てみるけど、背面には何も装飾らしきものもない、ただの黒い板だ。重さはそれほど重くはない。
「実は、これをサツキ様にと、ギャジー翁から託されまして」
「うん? これはなんです?」
「アース様と一緒に作られていた『すまほ』の試作品です」
「え、スマホ、ですか」
「アース様がおっしゃってた物と比べると、かなり性能は落ちますが、まずは通信だけでも可能にしてみた物なのです」
私にはただの四角い箱にしか見えないし、肝心の画面もないから、数字や文字なんて打ち込めるわけもない。
スマホというよりも、無線機みたいな物だろうか。
「その箱に魔力を通していただくことで、使用者認証ができるんです」
「ま、魔力、ですか」
「はい。認証されてから、『すまほ』が起動します。どうぞやってみてください」
ニコニコとヴィッツさんは言うけれど。
「あー。私、魔力なんて持ってませんけど」
苦笑いしながら、そう伝えると、ヴィッツさんは顔を強張らせて固まってしまった。