第721話 炭酸水、再び
朝食を終えた私は、さっそく湧き水までの階段を作りに行く。
そんな私の後を、ノワール、マリン、セバスがついてくる。テオは父親のガイシャさんの手伝いをするらしい。
「うわ、思ったより水がたまるのが早いわね」
階段のそばに作った水路には、水があと少しで溢れそうなくらい溜まっている。
「生水だから飲んだらダメだよ」
ちびっ子たちは人型をしてはいても、人ではないので大丈夫なのかもしれないけど、万が一ってこともある。
私の注意にガッカリした顔をするのはノワール、素直に返事をするのはマリンだ。
ちびっ子たちはさっそく水に手を突っ込んだり、セバスにいたっては、がぶがぶ飲んでいる。元魔王だし、大丈夫なんだろう。
私は出来上がっているところまで登ると、残りをガンガン作っていく。
ようやく大きな岩がゴロゴロしているところにぶつかった。そういえば、前に来た時は自分では登れなくて、マークに登ってもらったのだ。
「へぇ。ここから流れているのね」
目の前の大岩の割れ目から、水がちょろちょろと流れているのが見えた。かなりの大岩なのに、割れるような何かがあったのか、と不安になるけれど、周囲を飛び交う精霊たちはいたってのんきだ。
岩の割れ目から流れ落ちる水は、見た目は綺麗だ。
さすがに炭酸が抜けてるかもしれないな、と思いつつ、タブレットの『収納』から透明なプラスチックのコップを取り出す。
「……微炭酸かな」
さすがに前に見た時のような強炭酸という感じではない。
汚れもなく、きれいな水に、飲んでみたいという誘惑に負けそうになる。
『のんで、のんで』
『だいじょうぶよ。じーさんもよろこぶよ』
『サツキでもくめるように、いわまでわったの』
「え」
まさか、『雨垂れ石を穿つ』をやったというのか。穿つどころではない。割っているのだから。
『さぁさぁさぁ』
ちびっ子たちに飲むなと言った手前、私が飲むのはどうも、と思っていると。
「五月、大丈夫だぞ」
「そうよ。この子たちが言ってるとおり、問題ないわ」
私の後ろに立っていたノワールとマリンがそう言い、コップをくれと手を伸ばしてきた。
「わかった、わかった。念のため『鑑定』してからでいい?」
今は人の姿をしているとはいえ、ドラゴンと聖獣の二人が言うことだけど、念のため、調べておいてもいいはずだ。
私は自分のコップをマリンに持ってもらってから、炭酸水を『鑑定』してみた。
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▷水の精霊肝いり炭酸水(微炭酸)
水の精霊たちが頑張って作った炭酸水
効能 :飲む場合、便秘解消(弱)・疲労回復(弱)
洗顔に利用すると美肌効果(弱)がある
※ちゃんと飲めるよ(by イグノス)
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――最後のコメントは、何。イグノス様、暇なの?
思わず上を見上げる私。木々の隙間から青空が見えている。
「はぁ……」
大きなため息をついた後、マリンたちに目を向ける。二人とも、期待した顔を向けてくるから、ダメだとは言えなくなった。
「飲んでも大丈夫だって」
「でしょ?」
「なぁ、俺のもくれ」
「はいはい」
私はノワールの分を汲んで渡すと、自分の分もコップにいれる。
二人は私のことを待っていてくれたようで、水はそのままだ。
「じゃあ、いただきます」
「いいただきまーす」
「いただきー」
コクリと一口飲んでみると、確かに前に飲んだ時のほうが刺激が強かった。でも、これくらいのほうが飲みやすいかもしれない。
『うえのほうは、もっとぷくぷくしてるよ』
『ぷくぷく~』
『ぷくぷく~』
「そうなの? でも、上るのはなぁ」
「俺がいってこようか?」
「へ?」
私が返事をする間もなく、ノワールがツトトトトと《《岩を駆け上った》》。
呆気にとられている間に、炭酸水を汲んだノワールが《《飛び降りてきた》》。
「ん、確かに、ぷくぷくが強いな」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、私も」
マリンまでノワール同様に《《岩を駆け上り、飛び降りる》》。
――五月、彼らは子供じゃないのよ。ドラゴンと聖獣。そう、ドラゴンと聖獣。
私は心の中でそう言い聞かせるように呟き、苦い顔をしながら目を閉じた。