第714話 北の拠点のメンテナンス(3)
気は失わなかった。失わなかったけど、しばらく固まってしまった。
「サツキさま、だいじょうぶ?」
「五月?」
「おーい」
「ハッ、う、うん」
下から心配そうに見上げるテオ、マリン、ノワール。
一応、返事はしたけれど、視線は巨大なオークから外せない。
「セバス、すげーな」
「まぁ、この程度だったら、当然よ?」
「え、そうなのか?」
マリンとテオの会話に、ノワールはうんうんと頷いている。
私は、血とオークの臭いにグッと喉に上がってきそうなのを、ふぅ、っと大きくため息をついてやりすごし、なんとか視線をはずすことができた。
――久々に見たけど、やっぱり慣れないわ……。
いまだに人型の肉には拒否感があるので、エイデンや村人たちが差し入れしてくれる時には、塊肉の形にして渡してくれる。
セバスは私が忌避感があるのを知らないから、そのまま知らずに持ってきたんだろう。
ぴょーんと3メートルのガーデンフェンスを飛び越えて、セバスはオークのお腹の上に着地した。
「メェェェ!」
「なんだって?」
「こんなヤツ、大したことないってさ」
歯を剥きだして、偉そうに「メェェェ、メェェェ」言っているセバス。
「スゴイネー」
私は口呼吸で棒読みで言うと、セバスからは私の反応に納得いかないという目を向けられる。
――だって、しょうがないじゃん。
「アー、ガイシャサン、コレヲオマカセシテモイイデスカ」
「はいっ、スコルたちが戻ってくる気配がありますから、こちらでやっておきますよ」
「スビマセーン」
オークに群がっている子供たちをよそに、私はそそくさとその場から離れた。
あの場所で解体を始めるのか、それとも他の作業があるのかわからないけれど、早いところログハウスを建てて、色々なモノから避難したい私は、さっさとタブレットの画面に目を向ける。
メインの材料となる木材は、余り気味なので。
「もう、このデカいのでいいよね」
私が選んだのは『タテルクン』のメニューの中でも、『ログハウス』の一番大きいタイプ。
▷ログハウス(大) 3階建て 風呂・トイレ・暖炉付き
1Fにはリビングと部屋1つ、2Fは部屋3つ、3Fにも部屋3つ。
――うわ、デカい。
うちのログハウスよりも横幅も高さもあって、思わず見上げてしまう。
ガーデンフェンスよりも当然高いので、3階の窓からだったら魔の森のほうも覗けるかもしれない。
しかし、これだけだと、今ある長屋の部屋数(12部屋)には足りないので、2階建てのログハウス(大)も建てる。こちらは3階部分がないだけだ。
――うん、これでいいかな。
私はさっそく3階建てのほうに入ってみる。建てたばかりなので、木の匂いがする。暖炉もちゃんとある。レンガはエイデンがトッてくる、たぶん帝国産(遠い目)と、ドワーフたちが作ってくれた物が半々だ。
三階まで上り、窓を開けると、目の前には木々が生い茂っている。自然の木々の匂いが風とともに部屋の中へと入っていく。
『サツキ、ヒサシブリナノ~』
『モットキテホシイノ~』
緑や青の光の玉の精霊たちが、ぽよぽよと漂いながら、話しかけてくる。薄っすらと人型をとろうとしているのがわかる。
最初に来た頃は、もっと小さくて薄い光だったのが、ずいぶん大きくなったと思う。
『なにいってるのよ。サツキはいそがしいのよ』
『そうだぞ。きょうきただけでも、ありがたくおもえ』
強く言ってるのは、うちの山からついてきた精霊たちだ。
「まぁ、まぁ。落ち着いて。でも、そうよね。ここの炭酸水も欲しいから、来たいところなんだけど」
なんだかんだと用事ができるし、買い出ししやすいあちらに行ってしまうのだ。
村とこの拠点までの道を、アスファルトにできたらいいのかな、と思うけど、アスファルトを舗装工事している様子を思い返すと、絶対無理、と思ってしまう。
せめてコンクリートで舗装したら、少しは早く走らせることができるんだろうか。
ピロロロン
突然、タブレットにメッセージの着信音が鳴った。