<王太子>(2)
アランは避暑地で起こった出来事を思い出していた。
小国家連合の一国から留学してきた王女は、キャサリンと入れ違いに避暑地にやってきた。
彼女の国は、連合の中でも中心となっている国で、コントリア王国と比べると小さいながらも、そこそこ実力のある国ではあった。
特にこの国には、冬場に流行る病に使われる薬の原料となる薬草があり、特産品ともなっていて、重要な取引先でもあり、その繋がりはけっして軽い物ではなかった。
「アラン様~♪」
婚約者がいるというのに、やたらとベタベタと触れてくる王女。
嫌悪感を抱くものの、はっきりと邪険にもできず、作り笑いを張り付かせ、なんとか彼女と距離をとろうとするアラン。
同時に、左手首にしている王太子専用の魔道具から、ピリピリと軽い痛みを感じていた。
――魅了か?
王女に『魅了』の能力がある可能性。この能力は、小国家連合の中でまれに現れるという話を聞いてはいた。
感じている痛みは軽いもの。無意識に向けられている可能性もあったので、アランは侍従を通して、 『婚約者がいる女性がとる行動ではないでしょう』と、王女に同行している外交官に軽く注意を促した。
王国側からの注意は多少は効いたようで、短い滞在の間に同じ出来事は起こらなかったのだが。
――まさか、学園内で、こうも意識的に向けてくるとは。
アランが不愉快に思っているところに、授業を終えた最愛の婚約者のキャサリンが、彼らの後からやってきた。
「あら、アラン様」
「キャサリン」
「お食事はお済みですの?」
コテリと首を傾げる姿に、ドキリとなる。
――あー、やっぱり可愛い。
そんなことを考えているとも思わず、ゆっくりと歩み寄り、見上げる彼女に、アランは優しい笑みを浮かべる。
「いや、これからだ。一緒にどうだい?」
アランが腕を差し出すと、自然とそれに手を触れるキャサリン。
すっかり二人だけの空気になっているところに、空気を読まないのは当然、王女。
「あら。私とアラン様はこれから一緒に食事をするのよ。邪魔をしないで」
「えっ?」
王女の冷ややかな声に、キャサリンは驚いた顔をする。
「王女よ。私はあなたと食事をするなどと言ってはいないが」
「まぁ! アラン様、何をおっしゃいますか。《《貴方は私と食事をしたいはずですわ!》》」
王女の言葉に、顔を顰める。と、同時に、腕の痛みを感じないことに気付く。
――魅了を使っていない?
チラリと目を向けると、王女はニコリと笑みを浮かべて、《《アランが認めるのが当然》》のような顔をしている。
――いや、あれは魅了を使っているからこその自信だが、なぜだろう。
不思議に思いながらも、アランは表情を変えない。
「(あの、もしかして、王女殿下でしょうか?)」
「(ああ、ちょっと困った方でな)悪いが、我が婚約者との貴重な時間なんでね。失礼する」
そう返事をすると、王女は驚いたように目を見開く。
キャサリンは不安そうな顔でアランと王女を見比べていたが、アランが歩き出したので、そのまま王女の脇を通りすぎようとした時。
「あっ、あっ、い、痛いっ!」
「ひ、姫様!?」
「どうか、なさいましたか!」
王女がいきなり叫び声をあげた。
何事かと、驚きの目を向けると、王女が両手で顔を隠し、しゃがみ込んでいる。
「痛い、痛いのっ。顔がっ! 指がっ!」
あまりにも必死な声に、周囲が慌てふためく。
「誰か、救護室の先生を呼べ!」
近くを通りかかった教師たちが、泣き叫ぶ王女を抱えて、救護室へと連れて行った。
「ど、どうしたのでしょうか」
「ふむ……私にも何が起こったのかわからないが。一応、隣国の王女だ。私も一緒に行ったほうがいいだろう。キャサリン、悪いが後ろのお友達と一緒に食事をしてくれるかい?」
「はい。(あ、あの、これをお渡ししたかったのです)」
別れ際、キャサリンから革の小さな袋を渡された。アランはニコリと笑って制服のズボンに入れると、颯爽とその場を離れた。