<王太子>(1)
久々にキャサリンと学園で会うことができた王太子のアランは、ご機嫌だ。
ニコニコ笑顔を浮かべながら、午前中の授業を終えた彼は、ランチをキャサリンとともにとるために、さっさと教室を出ていく。
彼の制服のズボンのベルトループには、去年の夏に、キャサリンから貰った 『すとらっぷ』が下がっている。白にエメラルドグリーンの刺繍糸を編みこんだ『すとらっぷ』。人の目には見えないけれど、微かに緑色の光を放っている。
本来の使い方とは違うが、肌身離さずとなると、これが一番の方法だった。
共に歩いているのは、従者で護衛のディルク・アルバーニ。彼のベルトループにも、アランと同じ『すとらっぷ』が下がっている。
そんな彼らの後を、同じ学年の新たな側近候補、クラース・フォグトールが後をついてきている。キャサリンの護衛のハンナの弟で、水の精霊付きだ。
「アラン様」
「待たせたか」
「いいえ」
食堂の前で待っていたのは、クラースと同じく側近候補の二人の男子生徒。
一人は一学年下のデニス・レミネン。去年の夏、ともに村に行ったユリウス・レミネンの弟。
もう一人は、セルジオ・ランベルティ。最年少の12歳、キャサリンと同じクラスだ。
去年、一緒に村に行った側近候補だった者たちは、体調不良を理由に学校を退学してしまい、新たな側近候補がつけられるようになったのだ。
「アラン様、ご機嫌ですね」
「朝、教室にいらした時の顔、皆さんに見せてさしあげたいですよ」
「ああ。キャサリン様ね」
デニスは不思議そうに、セルジオとクラースは呆れ顔だ。
そんな彼らの言葉が耳に入ったアランは、振り向きながらニヤリと笑う。
「仕方ないだろう? キャサリンは可愛いんだから」
「はいはい、前見てください」
「わかった、わかったよ」
ワイワイと話しながら王族専用の専用個室へと向かおうとすると。
「アラン様」
ねっとりとした甘ったるい女性の声がした。
――ゲッ。
アランは内心、うんざりしていた。
声の主は、南の小国家連合の一国から留学してきた王女だった。その彼女の後ろには、同じように留学してきたと思われる女子生徒が二人ほどついている。
アランと同い年ではあったものの、アランのクラスは特別クラスのため、王女は入ることができず、別のクラスになっていた。
最初、両親からは面倒を見るように言われたが、避暑地で起きたある出来事から、そこまでする必要はないという判断がくだされていた。
「お待ちしておりましたのよ」
そう言ってアランに近寄ろうとした彼女たちの姿は、学園の制服ではなく、彼女たちの母国の薄衣のドレス。豊満な胸を強調するそのそれは、貴族の子女であれば、はしたないと言われるような格好だ。
中でも王女は、黒い豊かな髪に小麦色の肌と、紫色の瞳。妖艶な笑みを浮かべている。周囲の男子生徒は顔を赤く染めながら、鼻の下を伸ばしていて、女子生徒たちから冷ややかな目を向けられている。
しかし、アランは先程までのにこやかな笑みは消え去り、無表情な顔を王女へと向けられる。
なぜならば。
――痛っ。
ビリリと腕輪をしている左手首に鋭い痛みが走る。それが何度も、何度もだ。
これは、アランの手首に付けている王太子専用の魔道具が反応しているからだ。
……魅了防止と解毒の能力のある魔道具だ。