第700話 五月特製お札を作ろう(3)
稲荷さんが自分の机らしきところで、何やらスラスラと書いたかと思ったら、神社などでお札を買った時に渡されるような袋に入れて渡された。
ニコニコといつもの胡散臭い笑顔を浮かべて渡される。
そこから取り出してみると、出てきたのは一枚の和紙でできた一筆箋。筆ペンで書いたのか、なかなかの達筆なんだけど、問題は文字なわけで。
『悪霊退散⚝因果応報』
「何の四文字熟語ですか!」
「えー? 見せていただいた札の内容を、漢字に置き換えただけですけど」
「いやいやいや、『悪霊退散』って。呪いから身を守るって話じゃないんですか?」
「ん~、でも、あちらの呪いって、人の心の闇が瘴気になってるようなもんなんでねぇ。一種の悪霊? 生霊? みたいなものらしいんですよ」
「い、生霊」
まさかの生霊説に、思わず、口元がひくひくしてしまう。
ホラーは読んだり、見たりするのは嫌いではないのだけれど、それは身近に起こったことがないから。稲荷さんの話だと、あちらでは、こちら以上に、身近な模様。
精霊がいるくらいだから、当たり前……なのか?
「なので『悪霊退散』で、近寄らせないようにして、『因果応報』でお返ししまーすって、感じですかね」
……軽い。軽すぎる。
「……本当に大丈夫なんです?」
「ええ。もちろん。ただし、望月様ご本人が、すごーく思いをこめて書く必要があります」
「はぁ……」
「ああ、でも、あんまり思いをこめすぎると」
「こめすぎると?」
「フフフフ(『因果応報』が効きすぎるでしょうねぇ)」
胡散臭さが、悪人の笑みに変わった。
これって、相当ヤバいことになるんじゃないだろうか。
「と、とりあえず、キャサリンの身が守れることが最優先なんで。でも、これだったら、小さい紙に書くこともできるか……いや、でも字が潰れそうかも」
試しに、自分でも書いてみたのだけれど、筆ペンは当然無理。細いペン先のボールペンも借りてみたものの、やっぱり綺麗には書けない。
やっぱり、これはプラ板に書いて、焼いて縮ませた板をベースにした髪飾り(※)を作るのが無難かもしれない。
まぁ、何事も挑戦してみるにこしたことはない。
「参考にしてみます」
「まぁ、何事も、ほどほどに」
「ええ、そうですね。ありがとうございました」
私は苦笑いを浮かべながら稲荷さんにお礼を言うと、事務所を後にした。
* * * * *
事務所を出て行った五月の車を見送る稲荷。
「あの人、『大地』って言ってませんでした?」
「うわー、びっくりしたぁ」
いつの間にか背後にいた、バイトの女性が、ボソリと聞いてきた。
無表情な顔に、瞳は金色の爬虫類のような目がギラリと光る。
「いや、言ってないよ?」
「……そうですか」
「(あの女、私の大地に……)」
バイトの女性は、五月が去っていった方へと鋭い視線を向ける。
「彼女になんかしたら、お前さんを白蛇に回収させるよ」
「!」
「はいはい、さっさと片付けして、帰りなさい」
「……はい」
バイトの女性、大地の高校の同級生の姉、ということになっているが、実は稲荷と同じ神の一柱、白蛇の姪の一人。
どうも高校の遠足で行った山が白蛇の担当範囲に含まれていて、そこでのハイキング途中の大地を見て、見染めたらしい。
白蛇から頼まれたことではなければ、雇うような者ではない。
大地自身はまったく相手にしていない(というよりも、気付いてもいない)ようなので、さっさとあちらに行かせてしまったのだ。
――まったく、大地も面倒な女に目を付けられたものだよ。
うんざりした顔の稲荷が、大きなため息をついた。
※ イメージしづらいかも、と思ったので、こんな感じ(https://pin.it/28d22JAQP)。参考までに。





