第697話 使えない『呪詛返しの札』
教会の応接室で、ピエランジェロ司祭が眉間に皺をよせながら、目を閉じ、両腕を組んで考え込んでいる。
私はキャサリンの話をした上で、ピエランジェロ司祭に『呪詛返しの札』があれば、実物を見せて欲しいとお願いしてみたのだ。
司祭は意を決したかのように、目を開いた。
「実は……うちの教会には『呪詛返しの札』はご用意はございません」
「え?」
そもそも、『呪詛返しの札』のような物を必要とするほとんどの人は、貴族だったりするので、王都の教会本部や大きな街の教会くらいにしか置いていないのだとか。
確かに、呪ったり、呪われたりするのは、人間関係がドロドロしていそうな所のほうが、需要がありそうだ。
「かく言う私も、王都にいた頃には持っておりましたが、ケイドンの街に赴任している間に使えなくなってしまいました」
苦い思い出なのか、司祭は顔を顰めている。
「え、じゃあ、今は」
「今は、自作の守り札を作って自衛しておりますが……(この土地にいると、あまり意味をなしませんがね)」
「それって、『呪詛返しの札』とは違うんですか?」
「はい。私が描けるのはあくまで『呪いから身を守る』というものです。『呪詛返しの札』となりますと、身を守った上に呪術者にその呪いを返す、という能力まで持たせることになります」
なんでも、その紋様は複雑な上に、描くのにも大量の魔力が必要なのだとか。それなので、教会専属の専門の紋様師が描いているらしい。そのため高額な寄付を求められるらしいのだが。
「しかし、板とおっしゃってましたが、本来は紙のはずなんですがね?」
「え?」
神殿に寄贈された紙をお供えした物が、下げ渡されて、札に使われるらしい。そもそも、ペンダントの中に入るような小さな板切れに、複雑な紋様が描き切れるはずがないのだとか。
――教会、やってくれたな。
蟀谷にピキピキと青筋がたつ。
少なくとも、呪いを弾いた跡があるのだし、それなりの効力はあったのかもしれないけど、これは、イグノス様案件ではないのか?
私は怒りを鎮めるために大きく息を吐いて、改めてピエランジェロ司祭に問いかける。
「じゃ、じゃあ、司祭様の使っていらっしゃる守り札というのはありますか?」
「それでしたら、お気持ちだけ寄付をいただければ、ご用意がございます」
うちの村人たちの中でも、ダンジョンに潜る前に買っていくらしい。時々出てくる宝箱の中に呪いの罠があるんだそうだ。それでも開けたくなるのが、ダンジョンに潜る冒険者たちの性らしい。
何度も買っていくくらいだ。効力はあるということだろう。
「司祭様が描かれているのですか?」
「前は私が用意したのですがね。今はレキシーとエフィムに描かせているのですよ」
レキシーは辺境伯領の教会から移動してきた若者で、エフィムは孤児院の子だ。二人とも魔力はそれほどあるわけではないが、紋様を描くのが上手らしい。
彼らが描いた物でも効果があるんだったら、私でもいけるのでは?
「見本にしたいので、一つ、いただけますか?」
「見本、ですか?」
「ええ。私も描いてみようかと」
「……それは、それは」
司祭が大きく目を見開いた。
効果はどうなるかはわからないけど、気持ちをこめたら、キャサリンを守ってくれるのではないか、と思うのだ。
「わかりました。ご用意しましょう。できましたら、私にも一つ頂けますか?」
「え?」
私は一瞬考えた。
たぶん、何度も描く練習をするだろうし、その中で出来の良い物があれば、司祭に渡してもいいかな、と思う。
「んー、あんまり期待はしないでくださいね?」
「あははは。では、取ってきましょう。少しお待ちください」
ピエランジェロ司祭は、柔らかな笑みを浮かべながら応接室を出て行った。
* * * * *
ピエランジェロ司祭は、口元をニヨニヨしながら、自分の執務室に向かっている。
――『神に愛されし者』お手製の守り札なんて、どんな呪いも弾き返せそうですねぇ。
この村に来てからは、悪夢も見ないし、身体の不調も感じなくなった。
ただ、買い出しにケイドンに出かけた時には、手持ちの守り札が何枚か、使い物にならなくなっていた。
いまだに、自分を呪う者がいるのか、と思うと嫌になる。
――お札を頂いて村を出たら、どんなことが起きるんでしょうねぇ。
司祭らしからぬ悪そうな笑みを浮かべながら、彼は執務室のドアを開けた。





