第681話 公爵家がやってきた
見張り台の獣人の叫び声に合わせ、私はエイデンとともに、宿舎のある場所へと向かう。
抱き上げようとしたエイデンの手を、パシリと叩き、早足で歩く。そんな私たちの後を、精霊たちや、ホワイトウルフも追いかけてきていて、最後尾には、なんとピエランジェロ司祭がゆっくりとついてきていた。
『そろそろぼうふうりんをぬけるね』
『いしべいをこえた』
『いーち、にー、さーん、しー、ごー』
『ぜんぶで、ごだいかなー』
風の精霊たちの声を聞きながら、宿舎のある場所に着いた時には、確かに立派な黒い馬車が五台、一番大きな建物の前に並んで止められていた。
全ての馬車の背面には、同じ金色の紋章が描かれている。中央にユニコーンに乙女、周囲は木の枝で囲われているんだろうか。馬車の窓は、カーテンで閉められていて、
見るからに強そうな騎士が、馬を木のそばに集めている。
そんな中、騎士の一人が私たちに気付いた。
「もしや、モチヂュキ様でしょうか」
騎士たちの中でも、一番年長らしい三十代くらいの男性が、大きな声で問いかけてきたので、頷くと、キビキビした動きで、私たちの方へと向かってきた。
「お初にお目にかかります。私、エクスデーロ公爵家、騎士団で副団長を勤めております、ゴーゴリ・ノームズと申します」
「ご、ご丁寧にどうも」
男性の名乗りで、キャサリンの家の馬車だったのが確定した。
ゴーゴリ・ノームズと名乗った男性は、ガッシリとした体つきで、この暑い中なのに、汗一つかかずに、紺色の軍服みたいなのを着ている。
初めて会ったのに、よく私とわかったなぁ、と不思議に思っていると、ゴーゴリさんのお嬢さんが、キャサリンの幼馴染なのだそうで、お嬢さん経由で聞いていたらしい。
ちなみに、ゴーゴリさんも子爵様だそうで、立派なお貴族様だった。それなのに、偉そうでもなく、丁寧な言葉遣いと態度に好感を持った。
しかし、お貴族様のゴーゴリさんが、どんな説明を聞いていたのか、今日みたいにラフな格好(Tシャツにジーパン。靴はゴツめのトレッキングシューズ)の私に驚かないことに、キャサリンの私に関する話がどんなだったのか、心配ではある。
そのゴーゴリさんが、深々と頭を下げてきた。
「本来であれば、先触れの使者を立てて、ご連絡をするところなのに申し訳ございません」
「いえいえ! そんな、頭を下げないでください!」
私の言葉に、ゴーゴリさんもすぐに頭をあげてくれたけれど、私の背後に目を向け、一瞬ビクッとする。
たぶん、私の背後に立つエイデンと、後ろに控えているホワイトウルフたちに気付いたのだと思う。特に、ゴーゴリさんでも、エイデンを見上げるような感じになるのだから、圧迫感があるのかもしれない。
苦笑いを浮かべた私に、ゴーゴリさんも若干引きつった笑みを浮かべる。
「実は、先触れの使者が、先日の豪雨でケイドンで足止めをくってしまい、結局、我々と同じタイミングになってしまいまして」
どうも、馬車に乗っている主たちが急かして、使者と同じようなタイミングになってしまったらしい。
チラリと見ると、一人、項垂れている男性が、周囲の騎士たちに慰められているのが見えた。
「では、あちらの馬車の中に?」
「ええ。キャサリン様と前公爵が乗っておられます」
チラリと馬車のほうへ目を向けると、一台の馬車のドアが開いて、一人の美少女が飛び降りてきた。
「ああ! 待っていて下さいと、お願いしたのに!」
ゴーゴリさんの呆れたような小さな呟きは、
「サツキ様!」
美少女の嬉しそうな声で、かきけされた。





