第669話 夏の草刈り
稲荷さんから渡された『貢物』のほとんどは、ハノエさんに渡してしまった。
村の中で分けてもらったのだけれど、メロンやスイカを村人全員に分けたら、それぞれ一口分にしかならなかったそうだ。人数を考えたら、仕方がない。
特にメロンの甘さに皆驚いていた。うちの山で育つ果物も相当甘いと思うけど、あちらのメロンはまた格別だったらしい。気持ちはわかる。
うちで食べたメロンやスイカの種は残しておいたので、育てることは可能だと思う。スイカは露地栽培、メロンはビニールハウスで育てているイメージがある。一度、ちゃんと調べてから挑戦してみよう。
子供たちの服についても好評で、大きな東屋でフリーマーケットのように並べて見せたら、ママ軍団や子供たちが嬉しそうに選んでいた。
残念なのは、テオとマルのような獣人用の服ではないので、尻尾用の穴がないズボンしかなかったこと。そこは、テオママとマルママが、なんとかします、と言ってたので、なんとかしてもらうしかない。
一応、提供は稲荷さんからと伝えたので、大地くんには後で村人たちからのお礼参りがされるだろう。
ギュイーン
草刈り機の音が、周囲に響く。
今日は、山裾の林の中にある、村から牧場までの道周辺の草刈りをしている。
キャサリンたちがドッグランや温室、牧場を見にくるかもしれないと思ったので、メンテナンスをしようと思ったのだ。
この道を使うのは、主に、ホワイトウルフの毛梳きに来る老人たちと、牛飼いのヨシヒトさん一家と、マカレナとブルノたち。ドッグランと牧場の周囲は、牛の飼料にと、マメに草刈りをしているようだけど、村への道のほうにまでは手がまわっていないようなのだ。
人や荷馬車がよく通るところは地面が見えるんだけれど、両サイドは雑草が生えまくっている。一度『ヒロゲルクン』で『整地』したこともあってか、雑草の生育がいいようだ。
「あっちぃ……」
草刈り機を止めて、麦藁帽子をはずして、首元のタオルで額の汗を拭う。
『そよかぜ~』
『どう、すずしい?』
風の精霊たちが気を使ってか、ひんやりした風を送ってくれる。精霊版ハンディファンみたいなものか。手では持ってないけど。
「ありがとう~」
腰に下げていた水筒を手にとる。
300ミリリットルと小さめのステンレスの水筒は、あちらで買ってきたものだ。中には水の魔石が入っているので、空になることはない。
「んっ、んっ、ぷは~!」
冷たい水が美味しい。
私は後ろを振り返り、今まで刈ってきた道の周辺に目を向ける。刈った草は、自動でタブレットの『収納』に入っているので、ゴミが出ないからスッキリしたものだ。
前を向くと、もう少しで林から抜けて村の石壁が見えてくる。
「よーし、あと少し」
『がんばれ、さつき~!』
『がんば~』
風や光の精霊たちが、周囲を飛び交いながら応援してくれる。その一方で、土の精霊たちは足元で拗ねている。
草刈りの手伝いを申し出られたんだけど、彼らの加減の知らなさを考えて、お断りしてしまったからだ。どこかで、土の精霊たちに何かお願いしないといけないかもしれない。
再び、草刈り機の機械音が、ギュイーンと林の中を響き渡った。





