第667話 大地くん、現る
マウンテンバイクを押しながら、Tシャツにジーパンというラフな格好の大地くんが、村の中を歩いている。大きなリュックを背負っていて、その中に何が入っているのか、凄く気になるのだが。
それよりも。
「あ、五月さん!」
「今日来るって聞いてないんだけど」
パタパタと駆け寄って、大地くんに問いかける。
私の後をついてきた孤児院の子供たちが大地くんの周りに集まって、マウンテンバイクを触ったり、大地くんに抱きついたりしている。
大地くんもまんざらじゃないようで、子供たちの頭を撫でている。
その様子は、とーても可愛いんだけど、ここは鬼になって、緩みそうな顔をピシッと引き締める。
「すみません。父にも言ってなかったんで」
頭をかきながら、ぺこりと頭を下げる大地くん。
なんでも昨日から夏休みが始まって家に帰ってきていたらしい。
帰ったのはいいけど、居ても立っても居られなくなって、マウンテンバイク走らせてトンネルくぐってやってきたそうだ。
私だったら、絶対無理。せめて、スーパーカブだ。
「そ、それは大変だったんじゃない?」
「そうですか? 俺にとっては、いい運動くらいな感じですけど」
若いって凄い……と言おうと思ったけど、彼は私よりも年上だった。そこはエルフや神様の血筋だからなんだろうか。
「温泉経由で来れば、楽だったんじゃ」
「温泉?」
こてりと頭を傾げる大地くん。
稲荷さんの温泉のことを話すと、それは聞いていたらしいのだが、まさか、エイデンの温泉が隣り合わせにある上に、そこから村に来られるようになっているとは知らなかったそうだ。
「え、じゃあ、温泉は行ってないの?」
「家に着いたのが遅くって、疲れてすぐに寝ちゃったんですよね」
「でも、この時間にマウンテンバイクで村に来るなんて、朝、早かったんじゃない?」
「あー、そうですね」
「……ちゃんと、お母さんたちに話してから来たのよね」
なぜかニッコリと笑う大地くんに、顔が引きつる私。
「頼むから、面倒なことにならないうちに、連絡しといて」
「大丈夫ですよ、ちゃんと伝言を残してきたし」
彼の言葉に信用がおけないのは、なぜだろう。
「……何かあったら、村、出禁だからね」
「はいっ! 連絡入れときます!」
ピシリと敬礼をしてから、慌てて村の外れ、ギャジー翁の家のほうへとマウンテンバイクを押しながら走っていく大地くん。
「頼むよぉ~」
思わず、大きな呟きが漏れてしまった。
* * * * *
ギャジー翁の家の前にマウンテンバイクを停めると、大地は玄関ドアをドンドンと叩いた。
「はいはい……って、アース様!?」
「ごめん、しばらく世話になる」
「え、え、え?」
玄関を開けたのはギャジー翁の付き人のヴィッツ。
「ギャジー翁は?」
「あ、今は工房にいらっしゃいますっ! お荷物、お預かりしますが」
「いい。俺の部屋はそのままだよね」
「はい。アース様が不在の間、誰も中には入っておりません」
「わかった」
そう言って大地は自分の部屋のドアを開けると、中はパーッと明るくなる。
「しばらく、中にいるから、何かあったら声かけて」
「お飲み物などは」
「ん~、冷たいもの頼める?」
「かしこまりました」
頭を下げているヴィッツをよそに、ドアを閉めると、急いでリュックを下ろすと、荷物をドンドン出していく。あちらのリュックなので、入っている物はそう多くはない。着替えの他に、あちらで調べてきた機械等の資料をファイルした物も入っているので、実はかなり重たかったのだ。
「家と行き来できるんだったら、もう少し荷物を減らしてもよかったかもな……って、早いとこ、母さんに連絡しとかないと」
慌てて部屋の中に置きっぱなしにしていた、伝達の魔法陣の描かれた箱を確認する。手紙を送るだけのため、サイズは小さい。
その蓋を開けたとたん、大量の紙が飛び出してきた。
「うわっ!」
その中の一枚を手にする。
「あちゃぁ……」
中身は母親のレィティアからの、おしかりの言葉。
もう一枚を拾うと、こちらは姉のディアナから、ズルい、ズルいという言葉。
それでも今回は、五月の村に突撃するほどではなかったようだ。
「うん、出禁は困るから、早く返事を書こう」
急いで、母親宛に手紙を書き出す大地なのであった。





