第657話 買い出しに行こう <ケイドン>(5)
ゾックじいさんの家の周りには、衛兵が集まっている。
さすがにこれ以上私たちがいても何も出来ない。とはいえ、どうしてこうなったのかは知りたいと思うのが人の性。
ギャジー翁は、衛兵と一緒に中に入ってしまっているので、彼が戻ってくるまで遠くに移動するわけにもいかない。
「サツキ様、あそこで少し待ちましょうか」
ザックスが指さしたのは、少し開けた場所に屋台が集まっている場所。ちょっとしたテーブルや椅子を置いている店があるようだ。そこだったら、路地を出てきたらすぐに気付くだろう。念のため、風の精霊に伝言も頼んでおくのを忘れない。
――そういえば、こっちに来て屋台の食べ物って食べたことないかも。
屋台に限らず、食堂的な店にも入ったことがない。(稲荷さんの温泉の食事処は含まれない)
どんなものがあるのか気になるので、ギャジー翁が戻るまで屋台を見て歩く。
店に並べられているのは、肉やソーセージの串焼き、煮込み、雑炊のようなどろりとした食べ物。たまに果物のジュースのようなものを売っている店もあった。
色んな店がある中、味見をしてみたいので、ザックスとマークにおすすめの店を聞いてみた。
すると目をキラキラとさせて、一目散に走っていくのは、焼肉の屋台。
豚一頭くらいの大きさの肉の塊が屋台の中で独楽のようにゆっくりと動いている。店の様子で頭によぎったのはケバブの店だ。
「ここ、ここのが美味しくて安いんです!」
「俺たち、報酬に余裕があったときには、必ず来てて」
以前の彼らのギルドランクでの報酬を考えたら、相当安いんだろう。
「へい、らっしゃい」
筋肉ムキムキで頭ツルピカの強面おじさんが、大きな肉の塊を串にさしながら、こちらをチラリと見た。
「おっさん!ピギーの薄切り肉、大盛で!」
「俺も!」
「うん? もしかしてザックスとマークか?」
「ああ! やっとこの店で大盛で食べられるようになったよ!」
「そうか、そうか」
ニヤリと笑うおじさんの顔は凶悪で、いい人なのかもしれないけど、ちょっと怖かった。
ザックスたちが、ここは俺たちが払う、と言って、私たち(エイデンとモリーナ)の分もお金を出してくれて、私もちょっと感動。おじさんも凶悪な顔だけど、嬉しそうに見えた。
皆で空いていたテーブルの席に座ると、大きな木製の皿に、ピギーの肉が山盛りが並ぶ。
どうもピギーというのは牧場で育てられている魔物らしい。味はちょっとスパイシーな味の脂多めの豚肉といったところか。私にはちょっとボリューミーなので、残りはエイデンが食べてくれた。
口直しに自前の麦茶を出して飲む。さすがにタブレットの『収納』から取り出すのはヤバいと言われてた(主にネドリに)ので、ギャジー翁が作ってくれたマジックバッグから取り出した。『収納』してたものと違って、若干温くなってしまうのは仕方がない。
「お待たせしました」
ギャジー翁が厳しい顔で戻ってきた。
「どうでした?」
「はぁ。もう少し遅かったら、死体とご対面するところでしたよ」
ギャジー翁曰く、あの家はやはり魔道具屋のおじいさん、ゾックじいさんの家だったらしい。
そのゾックじいさん、どうも身体を壊して、二階の奥の部屋で寝たきりだったようなのだが、誰も世話をしていた様子もなく……悪臭が立ち込めるほどの状態になっていたらしい。どれだけ放置されていたのか、ギャジー翁も、よく生きていたよ、とフーッと息を吐くほど。
異変に気付くキッカケになった、微かな魔力だけれど、ゾックじいさんのベッドの脇に落ちていた魔道具から漏れていたらしい。
「まったく、それが厭らしいものでね」
どうも人の体調を崩すような魔法陣の描かれた物だったらしい。それが床に落ちて、嵌められていた魔石がズレたようだ、とのこと。(落下程度でズレるなんて、とモリーナは呆れている)
「みかけは、可愛らしい猫の置物なのだから、質が悪いよ」
いつも穏やかなギャジー翁なのだが、今はかなり怒っているようだ。





